海外の医師養成(前編)

ここでは、臨床研修制度をより深く考えるヒントとして、海外の医師養成との比較を行います。日本とアメリカ・イギリス・韓国の医師養成はどのように違うのか、詳しく見ていきましょう。
(取材協力:東京大学医学教育国際協力研究センター専任講師 大西弘高先生)

 医師養成の一過程である臨床研修制度の位置づけは、国によって少しずつ違います。そこで海外との比較においては臨床研修だけでなく、少し範囲を広げて、医学教育から卒後教育までの医師養成の仕組みを比較してみましょう。

 具体的には、アメリカ・イギリス・韓国の医師養成の制度を比較しながら考えていきます。アメリカは今や医学の中心地であり、いわゆるグローバルスタンダードとして比較する価値は高いでしょう。イギリスはアメリカと似ているような印象を受けるかもしれませんが、イギリスの医療制度はアメリカとはかなり違い、医師養成の仕組みも異なります。韓国は日本の医学教育の影響を受けながらも、戦後はアメリカの影響を強く受けた医師養成制度になっています。

 これらの国々と日本の医学教育、国家試験・医師免許のあり方、卒後研修のあり方について表にまとめてみました。

専門分化が進むアメリカ

 アメリカは、分業化・効率化・専門化による合理化を徹底する国だとよく言われます。アメリカの医師養成の制度においてもそれが垣間見えます。例えば、医師国家試験であるUSMLE(United States Medical Licensing Examination)はステップ1から3までの3段階に分かれ、それぞれの段階で目的が設定されています。日本のように「試験に合格したら免許がもらえる」というわけではなく、長い道のりの中で徐々に成長していく過程がきっちりと制度化されているのです。卒後教育においても細かな制度設計がされており、臨床研修も3段階に分かれます。インターンシップ、レジデンシー、フェローシップ、と進む道筋が定められており、レジデンシー後に受ける認定試験「Board Certification Examination」に合格しなければ「総合内科医」「一般外科医」等の称号を得ることができず、医師としての活動をすることができません。また、フェローシップ後の「Subspeciality Board Certification Examination(専門科認定試験)」に合格すると「循環器内科専門医」等の称号が与えられ、高度な医療行為を行うことができます。もちろんこれらに相当する研修内容は日本にも存在しますが、ここまで各診療科に渡って統一的に制度化されてはいません。


 日本アメリカイギリス韓国
医学教育大学医学部(6年制)高校卒業後に大学ごとの入学試験に合格すれば入学できる。臨床教育は主に大学病院で診療・研究を行う医師により行われる。メディカルスクール(4年制の専門職大学院)4年制大学学士号を取得し、共通試験(*1)に合格すると入学できる。ボランティア活動なども要求される。医学教育の専門家が関わっている。大学医学部(5年制)高校卒業後に、面接、筆記、書類審査などからなる共通試験に合格すると入学できる。家庭医(*2)も積極的に大学での医学教育に関わっている。高校卒業後に大学医学部(6年制)に入学する方法と、他の大学学部を卒業した後にメディカルスクール(4年制、2002年より創設)に入学する方法がある。
国家試験・医師免許卒業後、医師国家試験に合格すると国により免許が交付される。診療科ごとの試験はなく、基本的にはどの診療科も標榜できる(麻酔科を除く)。USMLE(*3)またはCOMLEX(*4)に合格後、州ごとに審査され医師免許が交付される。2~3年ごとに免許の更新が必要。診療科ごとに試験はない。卒業することで、国から免許が与えられる(国家試験はない)。診療科ごとに専門医資格が必要。家庭医と病院医(専門領域)の明確な区別がある。卒業後、第三者機関による医師国家試験を合格することで、国から免許が交付される。どの診療科も標榜できる。
臨床研修(実質)義務
初期臨床研修:2年
2004年度より、診療に従事するためには2年間以上の臨床研修を行うことが必修化された。臨床研修を終えていない医師は、病院・診療所の管理者となることができない。医師免許取得後の臨床研修を経て、専門とする診療科を決定する。
レジデンシー後の認定試験(*5)の合格が必須
インターンシップ:1年 主要診療科を一通り回る。
レジデンシー:3~6年 この後の認定試験に合格して初めて「総合内科医」「一般外科医」等の称号となり医師としての活動が可能となる。
フェローシップ:3~10年 その後の専門科認定試験(*6)に合格すると「循環器内科専門医」等の称号が与えられ、高度な医療行為を行うことができる。
義務ファウンデーションプログラム:2年 専門研修を選択する必要がある。専門研修は大きく「家庭医(プライマリ・ケア)」と「病院医(専門医療)」とに分かれ、さらに病院医は各診療科に分かれる。
研修終了の後にそれぞれ総合認定医、専門認定医の試験があり、合格して初めて「医師」としての独立した診療行為が許されている。
医学部卒業と同時に開業が可能
臨床研修プログラムは整備されており、アメリカの制度に準じて、インターンシップ、レジデンシー、フェローシップと進む。
19~29歳の男性には2年強の兵役がある。レジデンシー修了後や、大学学部の3年時に兵役に就き、終了後に復帰する。

*1 MCAT, Medical College Admission Test *2 General Practitioner *3 The United States Medical Licensing Examination *4 The Comprehensive Osteopathic Medical Licensing Examination *5 Board Certification Examination *6 Subspeciality Board Certification Examination


海外の医師養成(後編)

国家試験はないが、診療科ごとの免許が必要なイギリス

 イギリスも専門分化のはっきりした国ではありますが、アメリカとの違いもあります。例えば、アメリカでは総合診療科よりも専門医の人気が高いですが、イギリスでは総合診療科である家庭医(General Practitioner, GP)も注目される存在です。イギリスの医療供給は、患者はまず家庭医を受診し、必要があれば紹介状を得て専門医の診察を受けるという仕組みなので、家庭医の役割が大きいのです。このことは、医学部の教育過程において、家庭医と大学の連携が強いことからもうかがえます。実技試験に開業医が協力し、試験官になった事例もあります。

 イギリスでは大学の医学部を卒業すれば医師免許が取得でき、国家試験が不要ですが、診療科ごとの免許が必要です。最初の2年の研修(ファウンデーションプログラム)の後は「家庭医(家庭医療/総合医療:General practice)」と「病院医(専門医療)」とに進路が分かれ、それぞれに研修が行われます。この2つ、すなわちジェネラリストになるかスペシャリストになるかは、研修の時点から明確に区分されています。このような免許制度のため、専門を一度決めたらなかなか変えにくいという不便な点があります。日本や韓国ではこのようなはっきりした区分けはなく、原則として自由に診療科を標榜でき、転科して様々な分野を経験することも可能です。これは効率よく専門家を育てる環境ではないかもしれませんが、多様な知識と観点を持って診療できる医師を生み出す土壌になるなど、メリットも大きいと言えるでしょう。

グローバルスタンダードを追う韓国

 韓国は、これまでの大学医学部での教育に加えて、アメリカ式メディカルスクールが2004年に創設されています。卒後の教育もアメリカの方式に準じています。また医療の質や患者安全を評価する国際病院評価機構JCI(Joint Commission International)の認定を取ろうという動きも盛んです。日本にJCI認定病院は数えるほどしかありませんが、韓国には20病院以上あります。

 このように、韓国では、グローバル化に対応できる人材を育てる動きが、積極的に行われています。

 もちろんアメリカ式に追従することが必ずしも正しいわけではありませんし、各国独自の医学・医療の発展が重要であることは言うまでもありません。



 このように3か国と比較するだけでも、医師を養成する仕組みが多様であることがわかります。日本の制度が大前提としていることが、他の国では当たり前ではなかったりします。

 日本で当たり前とされていることを他国との比較で見ることも、みなさんがこれからの日本の臨床研修制度を考えていくうえで、ひとつの視座になるのではないでしょうか。


No.1