医学教育の展望
日本独自のエビデンスを作れる医師を育てる(前編)

本当に日本に必要な医療や医学教育を研究し、発信していく

医学教育はいま、大きな変化の渦の中にあります。臨床研修必修化はもちろん、医学研究の成果や新しい技術の開発に伴って学習内容は増加し、新しい取り組みがどんどん進んでいます。そんな医学教育の今後の展望について、最前線で取り組んでいる教育者を取り上げ、シリーズで紹介します。

近年の医学教育の大きな関心の一つに、「質の高い地域医療の担い手を育てる」というテーマがある。

地域医療の担い手を育てる難しさは、豊富な知識と高い技術を習得するだけでは不十分な所ではないだろうか。地域によって、文化も生活環境も医療資源も異なり、一つとして「同じ地域」はない。よって、地域の特性を理解し、「地域のかかりつけ医」として活躍できるようになるには、長い時間がかかると言われてきた。

今回は、そんな地域医療の質の高い担い手を短期間で養成する仕組み作りに取り組む、三重大学家庭医療学教室教授の竹村洋典先生にお話を伺った。

日本独自のエビデンス作りの重要性

三重大学の家庭医療学教室では、「地域医療における日本独自のエビデンス作り」を目標に掲げたフェロー向けプログラムを用意している。竹村先生が日本独自のエビデンスの重要性を痛感したのは、家庭医療学の国際的な学会で投げかけられた問いがきっかけだったという。

「マレーシアから来た家庭医療学の権威に、『君たちのやっていることは外国の受け売りだ。日本は独自の医療制度を持った健康長寿の国なのに、どうして外国の話ばかりするのか?日本の医療の話を聞けると思ったからここに来たのに』と言われて、衝撃を受けました。
私自身も米国で家庭医療を学びましたし、もちろん海外の成果も大いに参考にすべきですが、日本における地域医療・家庭医療の発展には、日本の地域医療にかかわるエビデンスを確立するための研究が不可欠だとそのとき気が付きました。」

そこで、臨床分野で後期研修まで終えた若手医師を対象に、研究のスキルとマインドを身につけるコースを立ち上げたのだ。

「『総合診療のためのPhDコース』では、臨床的な疫学、統計学のデータで地域医療学における日本独自のエビデンス確立のための研究を行います。疫学の教育は、方法論の教育になりがちですが、このコースは総合診療の臨床家たちが集まって疫学的な知識をもって議論を行い、出てきたリサーチ・クエスチョンを研究のプロトコルに落としていきます。講義はEラーニングやTV会議システムを活用していて、今まさに地域で頑張っている医師たちが参加できるようにしています。」

また、診療だけでなく教育についても、科学的なアプローチができる人材を育成するためのコースを作った。

「『アカデミックGP教育コース』では、地域で医学教育をする医師の教育・研修カリキュラムの開発と、それを運営・実施できる教員や指導者を育成します。日本の地域医療やそれを学ぶ学生の背景には、日本独自の文化や医療制度があります。だから、欧米の医療や医学教育を輸入するだけではなく、本当に日本に必要な医療や医学教育を研究し、発信していく必要があるでしょう。『アカデミックGP教育コース』は、日本の 医学教育の実験場と言えるかもしれません。海外の面白そうな医学教育の取り組みなども輸入してみて、効果がありそうならエビデンスを取る。逆に、日本で考えた医学教育を海外に発信するのも面白いかもしれません。そうやって他に波及できる形にしていくことを目指しています。」

 

医学教育の展望
日本独自のエビデンスを作れる医師を育てる(後編)

様々な角度から患者を見る

地域医療においては、地域の背景を知り、患者を全人的に見ることが重要であるため、三重大学では入学時から継続的に地域や病院での医療に触れる機会を設けている。例えば1年次の科目「医療と社会」では、医師が何をやっているかを見るより、患者の立場になって医師や医療を見て報告するように指導しているという。

「学年が上がると、医学生も次第に医師側の視点を身につけて、患者の顔を見ると、悪いところ―具体的な臓器や疾患を思い浮かべるようになります。しかし、1年生の頃は『この人を助けたい』という意識で全人的に患者を見られる。地域医療の分野では、患者の人物や背景を見ることが大切なので、フレッシュな1年生のうちから医療の現場を見せています。」

全ての地域の医療を支えられる医師

竹村先生

同時に、三重大学では第1~3学年を対象とした早期海外体験実習と第6学年の海外臨床実習を実施しており、これらの実習には半数以上の学生が参加するのだという。
「地域医療教育」と「海外での実習」は一見すると相反するアプローチのように感じられる。三重大学ではどのような意図で2つの教育を同時に推進しているのだろうか。最後に、教務委員長として医学生を海外で学ばせるプログラムを推進してきたねらいについて伺った。

「確かに地域医療と国際医療は、一見、対極にあるように思えます。しかし、より良い地域医療を目指すうえで、海外に出て国際医療を実際に体験することは非常に重要です。
三重大学で育成しているのは、日本や海外のどこにいても、自分がかかわる地域の医療をエビデンスに基づいて支えることのできる医師です。ここまで述べてきたように、地域医療は文化や社会的な背景ととても深く関係しています。日本国内でも地域によってかなりの違いがあるのですから、海外に出れば当然その差はより顕著になります。人種も文化も医療制度も全く違う。そうなるとコミュニケーションのあり方も違います。しかし、全く異なる背景の中に、患者中心性などの変わらない部分もある。
日本で現場に近い地域医療を学んだ学生が、海外で異質なものを体験することで、われわれ自身の地域医療を深く見つめなおすことができるのです。そうすることで、自分の担う地域の医療の特徴や、これからやるべきことが見えてくるのだと思います。」

竹村 洋典先生
(三重大学大学院医学系研究科 臨床医学系講座 家庭医療学分野 教授
同医学部 教務委員長)
防衛医科大学校卒業後、米国家庭医療学会認定家庭医療専門医を取得。2001年より三重大学に赴任。夢と情熱で、地域で活躍する医師養成に取り組む。