医師に求められる「緩和の視点」:
木澤 義之先生(前編)

これから医師になるみなさんに考えてほしいことについて、日本緩和医療学会の二人の先生方にお話を伺いました。

木澤 義之先生
神戸大学医学部附属病院 緩和支持治療科
神戸大学大学院 医学研究科 
内科系講座 先端緩和医療学分野 特命教授

緩和ケアの専門医の養成過程

――先生は神戸大学で緩和ケアの専門医養成に携わっていらっしゃるそうですが、緩和の専門家になるためには具体的にどのような教育課程を経るのでしょうか。

木澤義之木澤(以下、木):私が担当している「地域密着型がん緩和医療専門医養成コース」では、4年間の教育プログラムを設けています。そのうち、緩和ケア病棟1年、在宅緩和ケア6か月、緩和ケアチーム6か月、計2年間の臨床研修が必修です。症状緩和や腫瘍学、心のケアなどを経験しながら、将来どういう場所でどんなケアに携わりたいかを考えてもらいます。そして残りの2年間で、特に深めていきたい分野を選択してさらに学びを深めていきます。
このコースで特徴的なことの一つは、医師だけでなく看護師や薬剤師、心理士などの多職種が集まって、論文抄読会やリサーチミーティングを定期的に実施していることです。職種の垣根を越えて、緩和医療に関する良質な論文を多職種で精読し、自分たちのケアに生かせるかを討論しあうというトレーニングを毎週続けています。まだ日本で行っているところは少ないですが、世界的には一般的なことです。

 

緩和を志す人のための道筋を作りたい

――そのようなコースを立ち上げられた背景には、どんな経緯があったのでしょうか。

木:緩和ケアをやりたいと思った人が、ちゃんと緩和ケア医になれる道筋を作りたいという気持ちが一番のモチベーションでした。というのも、僕が今まで前例のない道を通って苦労してきたからです。
実は僕は学生の頃から緩和ケアをやりたいと思っていました。もともと人の生と死に興味があったということもありますが、直接のきっかけは、大学1年生の頃に社会医学の研究室の「21世紀の医療を考える」というゼミで、ホスピス・緩和ケアや在宅医療の現場を見学する機会をいただいたことでした。その後、縁あって、学生時代のエレクティブ・プログラムでカナダのマクマスター大学に留学する機会をいただきました。その頃はまだ緩和ケア医を育てるプログラムは日本になかったので、指導医の先生に「緩和ケアを日本で実践したいがどのように研修すればよいか」と相談したら、「まずは総合診療や家庭医療学を勉強したほうがいいよ」と勧められました。しかし日本に帰って来てみると、その当時はまだ総合診療や家庭医療を学ぶ環境も十分ではありませんでした。恩師の勧めもあり、総合内科や在宅医療が研修できる河北総合病院で3年間研修させていただいたのですが、その後やはり緩和ケアの道に進みたいなと思いました。でも、歴史のあるホスピスに応募しても、全く採用してもらえなかった。一度総合診療の道に戻りましたが、7年目にまた「やっぱり緩和をやりたい」と思ったんです。でも、その時も採用してくれる病院はなく、唯一国立がん研究センターだけが「無給であればいいよ」と言って研修を受け入れてくれました。その時代はとても苦労しましたが、それでもなんとか研修を続けた結果、研修が終わった頃には、病院内に新しく総合診療部や緩和ケア病棟を設立できるような力がついていました。
日本緩和医療学会が2013年から開催している「医学生・研修医・若手医師のための緩和ケア夏季セミナー」も、緩和ケアを学びたい学生のための場を作りたいと考えて立ち上げたものです。緩和ケアを学びたいと思っている学生さんにはぜひ参加してほしいと思っています。


医師に求められる「緩和の視点」:
木澤 義之先生(後編)

キュアだけでなくケアの視点を

――大学で緩和ケアを教えるうえで、どのような難しさを感じますか?

木:医学教育では、キュア、治すことについては習いますよね。しかしながら、ケアの部分についてはほとんど教えていないのが現状だと思います。だから医師になっても「患者を癒すこと」はイメージできず、ケアに関しては看護師さんには敵わないのではないでしょうか。しかし緩和ケアの考え方の基本は、キュアできるものをまずキュアし、その上でキュアできないものをどうマネジメントするかということです。もちろん治せるものは治さなければならない。けれど、医学の限界は必ずあるんです。
だからこそ医師は、ひとりの人間として、治すことができない患者さんとどのように向き合うのかということを追求しなければならない。そして、治らない患者さんとどうやって一緒に生きていくかを考えなければならない。難治性症状の緩和と、治癒が難しい患者さんとともに生きること、この2つのことに興味をもち、患者・家族とともに努力を続けることこそが、緩和ケアの専門性だと考えています。


 

価値観の向こうを見つめてほしい

――先生が学生を教育するうえで大切にしているのは、どのようなことですか?

木:学生によく言うのは、普通のことを楽しみながら真剣にやるのが重要だということ。そして、「善」と「悪」などといった価値判断を加えないで物事を考えてみてほしいということですね。僕はよくディスカッションの中で、「どこまでが『善』で、どこまで『悪』だと思う?」「それをどうやって判断してる?」などと学生に聞いてみることがあるんですが、本当に自分の考えを突き詰めている人は少ないですね。「だって一般的にはそう考えられていますよね?」なんて答えが返ってくることもある。しかし緩和ケアに携わる医師は、それではダメだと思うんです。
患者さんが何かをしたいと言うとき、「なぜそうしたいのか」を理解しなければいけません。その判断の背景には何があるのか、もっと具体的に言えば、患者さんにはどんなパーソナル・ヒストリーがあって、どんな物語があるのかを知らなければ、その判断の本当の意味はわからないわけです。僕らは患者さんのストーリーを聴く立場だからこそ、逆に自分が話す機会も作っていかなきゃならない。話すことで互いのことがわかり、信頼関係が築ける。それがなければ緩和ケアはできないと思います。
価値観の向こうにあるものを見つめていくということ。僕はその能力を、4年間の教育で培っていきたいと考えています。

No.11