医師への軌跡

自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の意思で判断せよ
岩田 健太郎

主体性は教えられるか

――先生の著書『主体性は教えられるか』を拝読しました。先生が着目された「主体性」とはそもそもどのようなもので、なぜ医師に必要なのでしょうか。

岩田(以下、岩):僕は神戸大学で、多くの医学生や研修医を指導しています。

あるとき、頭脳明晰で熱心、やる気十分で患者さんへの態度も申し分ない、そんな研修医の指導をしました。一見「いい研修医」に見える彼は、こちらが指示したことはきちんとやるけれど、「自分で考えてみろ」と言ったとたんに何もできなくなってしまう。彼には、自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の意思で判断しようという態度が感じられなかった。

彼は、肺炎の患者さんを前にして、「岩田は前にこの薬を使っていたから」という理由で抗生物質を投与していました。しかし、その患者さんはよくならない。僕が診断してみると、その患者さんの肺炎は普通の抗生物質の効かない肺炎だったんです。

全く同じ症例などないのですから、過去にうまくいった方法をコピー&ペーストし続けているだけでは、いつかこんなしっぺ返しを食らうでしょう。前に経験した症例とほとんど同じように見えても、そこには必ず差異がある。その差異をどうにかして見抜こうとする態度、それが主体性なのです。

EBMは思考停止を招くか

――とはいえ、根拠に基づく医療(EBM・Evidence Based Medicine)が普及し、診療ガイドラインも数多く公開され、研修医が自分で考えるべきことがある程度狭められているように感じます。このような流れは、そのコピー&ペースト的な思考につながっているのではないでしょうか。

:それは違います。EBMというと、既にある研究結果やガイドラインに従って診療を行うことだと考えがちですが、EBMの本来の考え方は、「いま手に入る最良の情報を活用して、目の前の患者さんにベストな治療を提供しよう」というものなんです。

科学の世界には常に反証可能性があって、「これが100%正しい」なんて治療はありません。1000人の患者さんにうまくいったことが、次の患者さんには通用しないことだってあるかもしれない。それでも、先人が築き上げてきた膨大な知識や経験であるエビデンスと、自身の乏しい経験を擦り合わせながら、ぎりぎりまで妥当性を高めましょう、ベストをつくしましょうというのがEBMだと僕は思います。

だから、むしろEBMの実践にこそ、何が目の前の患者にとってベストか自分で考え判断しようという主体性が不可欠なのです。「ガイドラインにこう書いてあるからこうする」なんて思考停止は、コピー&ペーストの研修医と変わりません。

正しく「怖がる」

――最近の若者の傾向として、失敗を恐れて自分で判断することを避けるところがあるのではないか、とも思うのですが。

:昔の学生と比べても、言われているほどの変化はないですよ。それに、失敗を恐れるのは、必ずしも悪いことではないと思います。怖さを知っている人の方が、妥当な判断を下すこともありますから。ただし、ただ怖がるだけでもいけません。例えば、肺炎を見逃すことを怖がって、風邪の患者さんに抗生物質を投与するとします。しかし、抗生物質によって患者さんがアレルギー反応を起こす可能性だって考えられる。リスクには常に双方向性があるのに、一方ばかり怖がって他方には全く見向きもしないのはただの思考停止ですよね。

――では、思考停止に陥らずに、EBMを実践するためにはどうしたらいいのでしょうか。

:とにかく、目の前の患者さんをよく観察することです。ただし、「見る」と「観察する」は違います。「この患者さん、どうしてよくならないんだろう」というのは、ただ「見て」いるだけ。「観察」とは、ある「観点」を持って患者さんを診ることです。しっかり患者さんを「観察」すると、「抗生物質を使って熱は下がっているのに、なぜ呼吸状態はよくならないんだろう」というふうに、命題がはっきりします。それができれば、今度は論文を読んで、さらに深く掘り下げることができるようになる。この観点がある程度網羅されているのが、教科書です。教科書に全てが載っているわけではありませんが、教科書を読まずに患者さんに向き合うのは、羅針盤を持たずに大海に漕ぎ出すようなもので、無謀だと思います。

――最後に、これから研修医になる医学生に一言お願いします。

:まずはとにかく教科書を読むこと。そして、指導医の言いなりに動く研修医ではなく、自らの目で見て、自らの頭で考え、自らの意思で判断する研修医になってほしい。研修は、一人前の医師になるために受けるものです。そして、君たちが目指すべき一人前の医師とは、患者さんのために何ができるかを常に主体的に考えられる医師である、と思っています。

岩田 健太郎
神戸大学大学院医学研究科・医学部 微生物感染症学講座 感染治療学分野 教授
1997年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。沖縄県立中部病院にて研修後、アメリカに留学。その後アルバートアインシュタイン医科大学べスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニックで勤務。2004年、亀田総合病院で感染症科の立ち上げに携わる。2008年より現職。