10年目のカルテ

制度に働きかけることで
日本の医療を守りより良くしていきたい

【医系技官】櫻本 恭司医師
(厚生労働省 医政局 医事課)-(前編)

医系技官の仕事

原田先生

――櫻本先生の現在のお仕事について教えてください。

櫻本(以下、櫻):私たち厚生労働省の医系技官の主な仕事は、医療制度に関する政策を立案・改正・維持することです。現状と課題を分析し、最新の知見や学術論文などの資料を基に政策の草案を考え、国会や他の省庁、医療従事者、患者団体、企業といった関係者に働きかけます。政策のビジョンを描くところから、具体的な法律へと落とし込むところまで、法律や制度のスペシャリストである国家総合職の職員と対等な立場で仕事をしています。

私の今の担当分野は、医師臨床研修・専門医・医師の偏在対策・女性医師支援・英語による医師国家試験*1などです。

――入省してから今まで、どんなお仕事をされましたか?

:医系技官は数年単位で異動があるため、とても幅広い業務を経験してきました。最初の業務は新型インフルエンザ対策でした。入省して業務が始まったちょうどその日に新型インフルエンザ発生の一報が入り、24時間体制の勤務が始まりました。WHOからの情報や関連する学術論文を読み込みつつ、日々変化する状況に対応するのは、やりがいがあると同時にとても大変でした。ワクチンの量が限られるなか、学会と連携しながら接種の優先順位を決める業務は、とりわけ緊迫感がありました。

その後は、Hibワクチンや肺炎球菌ワクチンなどに公費助成を導入するための制度改正に携わりました。新型インフルエンザの流行などで、他の先進国との「ワクチン・ギャップ*2」に世間の注目が集まったことが、改正への追い風となりました。また、診療報酬の改定にも2度関わりました。医療費40兆円の配分を決める仕事であり、医療体制と密接に関わるため、影響の大きさを実感するとともに達成感のある業務でした。

――2年間のアメリカ留学も経験されていますね。

:ええ。1年目で公衆衛生学修士の学位を取り、2年目には統治方法などを扱う行政学を本格的に学びました。行政学による現実的な視点を知って「なぜ医学的には最善と思われる策が政策として採用されないことがあるのか」といった疑問の背景が見えてくるようになり、留学は大きな転換期となりました。

*1…日本は二国間協定に基づき、英語による医師国家試験に合格した外国医師に対し、一定の条件を付した医師免許を与えている(協定の締結国は英・米・仏・シンガポール・独の5か国)

*2 ワクチン・ギャップ…日本の予防接種制度が、他国と比べ遅れている状態を指す。日本ではワクチンの副反応や有害事象による健康被害が度々問題視された経緯もあり、使用可能なワクチンや、原則無料で公的に実施される「定期接種ワクチン」の種類が、他の先進国と比べ少なくなっている。

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制度に働きかけることで
日本の医療を守りより良くしていきたい

【医系技官】櫻本 恭司医師
(厚生労働省 医政局 医事課)-(後編)

医系技官を目指したきっかけ

――医系技官になろうと思ったきっかけを教えてください。

:医学部6年生の頃、海外の腫瘍内科(オンコロジー)の存在を知ったのがきっかけです。日本ではがんは臓器別に診療されることが多いですが、海外ではがんの化学療法のプロである腫瘍内科が、外科や放射線科などと連携し、集学的治療を行う仕組みが広く普及しています。こうした日本と海外の医療の制度上の違いに興味を持ち始めた頃、カナダへ短期留学する機会があり、オンコロジーで実習することができました。感銘を受けた私は、帰国後公衆衛生学教室へ行き、「どうしたら制度を変える仕事ができますか?」と尋ねました。すると先生が「厚生労働省に行きなさい」と勧めてくださって、初めて医系技官の存在を知ったのです。実際に医系技官として働く方々に話を聞いてみると、彼・彼女らは強い問題意識のもと、日本の医療を良くしようと真剣に考えていました。「すごい、この方たちと一緒に働きたい」と思い、医系技官になろうと決めました。

――卒業後は、どのような流れで医系技官になるのですか?

:2年間の臨床研修を修了すると応募資格が得られ、医療政策などに関する小論文の提出・集団討論・面接などを経て採否が決まります。法・政治学分野の専門試験はないため、医学生にとってハードルが高すぎることはないと思います。

医系技官の適性

――医系技官ならではの難しさや面白さを教えてください。

:この仕事をしていると、多くの難題にぶつかります。例えば、エビデンスに基づけば、たばこは全面的に禁止した方がいい。けれど愛煙家やたばこ農家・企業など、反対する関係者は必ず出てきます。医学的にどんなに正しいと思われる政策も、そのまま現実社会でうまく運用できるわけではないのです。

民主主義の日本で世の中を動かすには、全ての関係者の納得を得る必要があります。私たちは、医学・公衆衛生学・行政学の知見を総動員して、なんとか現実的な落としどころを見つけるべく奔走しています。とても難しい仕事ですが、うまくいけば、日本の医療全体を大きく良い方向へ導ける。そこがこの仕事の魅力だと思います。

――医系技官に向いている人はどんな人だと思いますか?

:特定の分野ではなく、医療制度全般に興味を持っている人ですね。どんな分野であっても、多くの人たちが真剣に悩み考えているところには、必ず面白さがあると私は思っています。あらゆる分野にまたがって全力を発揮し、目の前の難題を解決しながら100年後の未来を創造する。そういうことに魅力を感じる人は、ぜひ将来、私たちと一緒に仕事をしてみませんか。

櫻本 恭司
2007年 順天堂大学医学部卒業
2017年1月現在 厚生労働省 医政局 医事課