患者のため、そして医療従事者のために
より良い制度を作っていきたい
~医系技官 松永 夏来先生~(前編)

松本先生

今回は、臨床を経験した後に医系技官として厚生労働省に入省し、現在は地域医療に関する制度設計や医師の勤務環境改善に携わる、松永夏来先生にお話を伺いました。

医系技官を目指した理由

島﨑(以下、島):松永先生は、臨床を経験後、医系技官として厚生労働省に入省されています。近年では採用試験の実施回数も年2回に増え、医系技官を目指す方も増えているそうですが、先生が入省しようと思った理由を教えていただけますか?

松永(以下、松):私は医系技官になる前、国立がん研究センター中央病院にレジデントとして勤務していました。そこで日々患者さんの診療を行ううち、がんについての教育や啓発を行うことで状況を改善できるのではないかと考えるようになったのです。また、一緒に働く医療従事者の方々が一日中職場にいるような状況を見て、このままでは自分自身も含め、医療提供体制が維持できないのではないかとも感じていました。そこで、制度を変えることで医療界全体を良くしたいと思い、医系技官になろうと決めました。

:素晴らしい視点ですね。多忙な臨床の現場にいると、そうした客観的な視点はなかなか持ちにくいかと思うのですが、何かきっかけがあったのですか?

:レジデント修了後の進路に迷いがあったこともあり、視野を広げるため、できるだけ患者さんや様々な職種の方とお話しする機会を作っていたことが大きかったように思います。また、多くの人と話すうち、自分はがん治療の専門的なことは語れても、医療提供体制に関する質問や、国民の医療への不安にはうまく答えられないことに気付いたのです。とても悔しくて、もっと医療の基本的なことを理解し、自分の言葉で説明したいと思うようになりました。その気持ちが、医療界全体を見渡すことのできる医系技官への関心につながったように思います。

 

患者のため、そして医療従事者のために
より良い制度を作っていきたい
~医系技官 松永 夏来先生~(後編)

医系技官になってからの仕事

:医系技官になってからのお仕事についてお聞かせください。

:最初に配属されたのは診療報酬の担当部署でした。平成26年度の診療報酬改定に携わり、1年目には、入院基本料や外来の診療料などの制度設計を行いました。この経験により、医療の動きの全体像を把握することができました。

2年目には、診療報酬に関して、医療技術面を評価する担当になりました。特に勉強になったのは、医療技術評価分科会での仕事です。そこは学会からの様々な提案を受け入れるところで、私が担当をしていた2年間だけで、900件ほど提案書が届いたんです。その提案書を全て読んだことで、今医療界で何が課題になっているのか、身をもって知ることができました。

:その後は文科省に出向されていますね。

:はい、学校教育の中の保健体育を担当する部署でした。私はもともと予防に関心があったので、ぴったりの仕事を頂けたなと思っています。この時は、がん教育において医師が外部講師として学校に入り、教科担任と一緒に授業をすることを提案し、授業のガイドラインの作成にも携わりました。現場を知る医師が、子どもたちに正しい知識と命の大切さを説明することで、より子どもたちの心に響く授業になるのではないか、また、教える医師自身も初心に立ち戻る良い機会になるのではないか、という思いで取り組みました。

現在は厚生労働省に戻り、医政局で医療法の改正等に関わっています。特定機能病院や地域医療支援病院といった分野が現在の主な担当です。

:医師としての臨床経験は、今のお仕事に活かされていると感じますか?

:はい。臨床を経験してから入省したことで、より現場の医師の感覚に近い立場から発言できることが、私の強みだと思っています。かつての私がそうだったように、多くの医師にとって、法律や制度は身近に感じられるものではないと思うんです。臨床で忙しいところに、「制度が改正されたので、今度からこれをやってください」と突然言われても、納得がいかないこともあるでしょう。ですから、なぜこの制度が必要で、どのように有効なのかわかりやすく説明することは非常に重要です。私は医療現場と制度設計の両方を知る立場として、現場の医師の方々に的確に情報を伝えられる存在でありたいと考えています。

これから取り組みたいこと

:今後、どのようなことに取り組んでいきたいと考えていらっしゃいますか?

:医師の働き方改革に力を入れていきたいです。この4月から勤務環境改善室の担当も併任し、取り組みを始めています。

:「働き方改革」は今後の社会の大きなテーマですね。これまで改革の例外のようにされてきた医療界でも、長時間労働を是正する方向へ徐々に動いています。一方、例えば「若手医師が早く帰ると、学びの機会が失われるのではないか」などと危ぶむ声もあり、様々な意見のバランスを取っていくのは非常に難しいのではないでしょうか。

:ええ。医師は応招義務があるなど、非常に特殊な職種ですから、改革も一筋縄ではいかないことが多いと思います。しかし、何も手を付けないままでは状況は変わりません。例えば、勤務終了後に一定以上の休息時間を設ける「勤務間インターバル」の導入を促すなど、様々な方法を視野に入れ、国民も医療従事者も、皆が納得し安心できる制度を設計していきたいと考えています。

:最後に、医学生へのメッセージをお願いします。

:医系技官は患者さんを直接診療する仕事ではありませんが、政策に関わることができるため、その影響力は非常に大きいです。医療界をこう変えたいというビジョンがあるのであれば、是非将来の選択肢の一つとして考えてほしいと思います。仕事の成果がすぐに返ってくるわけではなく、粘り強さは必要ですが、その分大きなやりがいにつながる仕事です。私も、患者さん、そして医療従事者の皆さんのために世の中を良くしたいと思いながら、いつも仕事をしています。

:厚労省の方々も医師会も、一緒に医療をより良くしようとしていることを、若い方にも知っていただけると嬉しいですね。本日はありがとうございました。

 

語り手(写真右)
松永 夏来先生
厚生労働省 医政局総務課 課長補佐
(地域医療計画課・勤務環境改善室併任)

聞き手(写真左)
島﨑 美奈子先生
東京都医師会 理事
大橋眼科クリニック 院長