医師への軌跡

家庭医療に興味をもつ学生のモチベーションを高めていきたい
吉本 尚

無医村への関心から医師に

故郷は北海道函館市。地元の進学校に通っていた吉本先生は、地域医療の崩壊が注目される前から、「無医村」について報道されるのが気になっていた。「無医村で働きたいと思い、医学部に入りました。医師が来てくれれば誰でもいい…というような場所に行って、『役に立ついい医師』として地域の人に喜んでもらいたいと思っていたんです。」

プライマリ・ケアとの出会い

筑波大学の医学部に入ったものの、しばらくは「無医村で働ける医師」になるために何をすればいいのかわからなかった。目標への道を見失ったことで勉強にも身が入らず、ソフトテニス部の活動ばかりしていた吉本先生だが、大学4年生のとき交通事故に遭って、部活ができない時期があった。「これをきっかけにもう少し勉強してみようか」、そう思ったとき、筑波大学で活動するプライマリ・ケア研究会のポスターをたまたま目にしたのだという。「この会に参加してはじめて『家庭医療』というものを知り、これを学んでいけば無医村で働ける医師になれるかもしれないと感じました。目指す道がクリアになり、一緒に学ぶ仲間ができたことで、積極的に勉強できるようになったんです。それまでの4年間を無気力に過ごしたことを、もったいなく感じましたね(笑)」

往診のスタイルを医学教育に

今や、吉本先生は日本プライマリ・ケア連合学会の若手のホープとして、「家庭医」を増やす活動に邁進している。特に、自分自身の学生時代の経験から、地域医療・家庭医療に興味があってもどこでどう学んだらいいのかわからない学生をサポートしたいという思いは強い。目標への道が見えずに悩む学生や、入学当初のやる気を失ってしまった学生に手を差しのべるために、2011年4月から、全国の医学部のある大学80校を訪ねて勉強会を開く「80大学全国行脚」という活動を立ち上げ、この1年間で26大学・33回を開催したとのこと。「学生のホームグラウンドである大学を訪問することで、緊張感がほぐれ、参加意欲が高まるのではないかと考えました。患者さんの家に自ら出かけていく『往診』のスタイルの応用ですね。」

「やりたい」の火付け役として

今日では文部科学省や厚生労働省もプライマリ・ケアを重要視し、制度化する方向に動いているが、制度ができたからというのではなく、そこに興味をもつ学生たちの「やりたい」という気持ちを高めていきたい、と吉本先生は言う。「医師の偏在・地域医療の不足といった問題がある中で、やはり好んで地域に行きたいという人を育てていきたいですし、その『火付け役』として活動していくことが、結果的に住民の健康レベルやQOLを上げることにつながると私は信じています。」

吉本 尚
三重大学大学院医学系研究科 家庭医療学分野
日本プライマリ・ケア連合学会理事・若手医師部会代表
2004年、筑波大学医学専門学群(現医学群医学類)卒業。初期研修を北海道、後期研修を岡山県で行った後、2011年より現職。現在は日本プライマリ・ケア連合学会の理事として、若手医師や医学生を牽引する立場で活躍している。