先輩医師たちの選択
世界のどこに行っても通用する人間でありたい
岩田 健太郎先生
今に至る経緯と、感染症との出会い
島根という場所で育ったせいか、僕は小さい頃から「世界で通用する人間になりたい」と思っていました。大学生時代は基礎医学者になりたくて、解剖学や微生物学の教室にもよく出入りしていました。そんな5年生の頃に笹川平和財団主催の「フィリピンで国際保健を学ぶ」というツアーに参加し、国際保健や貧困地域の医療・感染症対策に触れる機会がありました。基礎研究もしたいし、公衆衛生や行政に関わるのも面白いなと思っていましたが、臨床感染症の専門家という選択肢は持っていませんでしたね。
卒後は、研究の道に進むために1~2年で手っ取り早く臨床を学ぼうと考え、当時は研修病院として日本一厳しいと言われていた沖縄県立中部病院で研修を受けました。もちろん、実際に1~2年勉強したくらいでモノになるはずもなく、そのまま臨床を続けることになったのですが(笑)。この中部病院には当時では珍しく感染症科があり、優れた医療を行っていて、ここで感染症の臨床の基本を叩きこまれました。その後アメリカに留学する機会があり、アメリカで感染症医療のトレーニングを受けました。アメリカや中国で感染症科医として働いた後日本に戻り、今は大学で感染症科の教授をやっています。
感染症は「世界で通用する」という夢にフィットした
感染症科を選んだのは巡りあわせもありましたが、もともと思っていた「世界に通用する人間」という観点にはフィットしたものでした。なぜなら、田舎でも都会でも、西洋でも東洋でも、感染症が存在しない所はありません。僕は診療所から大規模病院までいろいろな所で仕事をしましたが、どこに行っても役立つことができたという自負があります。感染症科は非常にユニバーサルな仕事だなと感じます。
でも、心臓外科や救急に比べたら、感染症科なんてカッコ悪い仕事ですよ(笑)。診療のためとはいえ、人の痰やうんち、おしっこなどを顕微鏡で見るわけですから。そういう泥臭さに自覚的でありたい。自分のやっていることを冷めた目で見る視点は大事です。もちろん一生懸命やるけれど、とらわれすぎず、熱い自分とクールな自分をうまく使い分けられるようになりたいと思っています。
ターニング・ポイントでは「新しい出会い」を選択
僕は「未来のために今日がある」とは思いません。「これまでの一日一日の積み重ねの上に今がある」のです。だから、いつもその場で出会ったものに懸命に取り組んできました。そして転機では、自分にとって新しい出会いが拡がると思える選択肢を選んできました。体力と時間の許す限り、チャンスに賭けてみたい。進むか戻るか迷ったら進む方を選びたい。どうなるかわからない、未知のものや状況への好奇心が強いんだと思います。
アメリカではよく「10年後の自分を想像して」と言われましたが、10年後なんて何をやっているかわからないと思いますよ。今の自分も、10年前の自分が想像していた姿とは全く違うものですし。基礎医学者になろうと思っていたのに臨床の道に進み、それどころかアメリカで勉強して中国で働いたり、日本で大学教授になっている自分がいる。自分がこれからどうなるかなんて、今も昔も全然わからないですよ。
周りに規定されるのではなく、自分で決めた生き方を!
最近まで、医師になったら医局に入るというのは当たり前でした。大学の同期卒業生で、僕のように医局に入らなかったのは2人でしたし、当時はさんざん非難され、馬鹿にもされました。「一生後悔するぞ」と脅かされもしました。
それが今は、医局に入らないという道も選びやすくなっています。医局に入るのが悪いわけではないのですが、「当たり前だから」「みんな行くから」という前に、自分で考え、自分の意志で選びとって欲しい。「今の若者は内向きだから」と言われることもありますが、僕は今の若者の方がよほど外向きだと思います。全員ではないですが、自分で調べて自分の行く道を決める人が増えていますから。まだまだ少数派かもしれませんが。
人の生き方は人それぞれであり、「間違いない・正しい生き方」なんてありません。他人や社会が正解を決められないことだからこそ、自分で決めたかどうかが大事。周りの目を気にし、他人や偉い人が規定した生き方ではなく、自分の頭を使って考え、自分で決めた人生を歩めばいいと僕は思っています。
神戸大学大学院医学研究科 感染治療学分野教授
1997年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。沖縄県立中部病院にて研修後アメリカに留学、その後アメリカ・中国で勤務。2004年、亀田総合病院で感染症科の立ち上げに携わる。2008年より現職。
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