医学教育の展望
研修に専念できる環境を作る(前編)
自分の目で見て、自分に合った研修を選んでほしい
新医師臨床研修制度施行から10年
2006年に厚生労働省が行った調査によると、新しい研修体制についての研修医の満足度は大学病院よりも市中病院において高い傾向があり、大学病院の研修に満足していない理由の上位には「雑用が多い」、「待遇・処遇が悪い」ことがあげられていた。2014年で、新医師臨床研修制度の施行から10年になる。この10年の間に、大学病院の研修体制はどのように変化したのだろうか。
今回は、東京医科歯科大学で臨床医学教育開発学分野の教授を務める田中雄二郎先生にお話を伺った。東京医科歯科大学医学部附属病院は2013年度の医師臨床研修マッチング数のランキングで2位に入る人気の臨床研修病院だ。しかし、新制度の導入当初から現在のような人気があったわけではないという。
「新制度の最初の年は、研修医の定員が106人のところ、85人しか来なかったんです。しかも、医科歯科大では協力病院と大学病院で1年ずつ研修を行うのですが、1年目に大学病院を選んだ人が少なかった。それで、大学から研修医がすごく減ってしまった状態を経験したんですね。そのときに、時代が変わったんだという感覚を病院と大学で共有できたのが、今思えば大きかった。その1年間でいろいろな改革が行われました。
まず最初に決めたのは、1年目の研修医は当直から外すということです。特に1年目は余裕がないですから、最悪の場合は、医療事故につながりかねません。二番目に決めたのは、点滴や採血を看護師の業務に移行すること。もちろんトレーニングとして必要ではありますが、そういった作業が仕事の流れを妨げてしまうこともありますから。また、肉体的な負担を軽減するために、研修医のための宿舎を近隣に用意しました。」
ドロップアウトしにくい仕組み作り
改革が功を奏してか、新制度の2年目以降は、ほとんど定員いっぱいの状態が続いている。
「もちろん、100人以上も研修医がいると、中には当直をやりたい、もっと患者さんを持ちたいという人もいます。しかし、研修環境としては、そういう人たちよりも下のところにベースラインを作ったほうがいいのかな、と思っています。それでも大変だという人には個別に対処しますし、逆にもっとやりたいという人は自分で頑張ってください、というスタンスです。例えば、ハーバード大学医学部と提携して、英語でディスカッションをする機会を用意しています。また、2年目に国立保健医療科学院に研修に行き、そこからマニラに行くプログラムや、厚生労働省でインターンシップを受けるプログラム、島根大学と秋田大学の医学部と提携して、希望者はその関連の病院で研修を受けるプログラムなども用意しています。余力のある人は、そういったプログラムに積極的に参加してほしいですね。」
医学教育の展望
研修に専念できる環境を作る(後編)
大学病院ならではの人間関係
医科歯科大附属病院では、内外からの100名をこえる研修医に加えて、クリニカル・クラークシップの学生も病棟で実習を行っている。多くの人のなかで築く多様な人間関係も、大学病院で研修を受けるメリットの一つだという。
「119人の研修医のうち、外部の大学から来るのは半分ぐらいです。医科歯科大出身の研修医は病棟に慣れているので、知っていることを外部から来た人に教えます。外部から来た人から学ぶこともありますし、1対1はいいバランスですね。
医科歯科大では、クリニカル・クラークシップの学生と研修医がペアを組んで患者さんを持ちます。学生がケースプレゼンテーションを行って、研修医がそれにコメントをしたりと、研修医が学生の面倒を見ます。いわゆる屋根瓦方式の一番下の瓦が1年目の研修医ではないんですね。学生が病棟で医師に近いことを行うということは、まだ全国すべての大学で行われていることではありません。しかし、1年目の研修医にとっては心理的にも肉体的にも負担が少し減るでしょうし、学生を指導することは自分自身の勉強にもなりますから、非常にいい仕組みなのではないかと思います。」
自分に近いロールモデルを見つける
「大学病院で研修を行うもう一つのメリットは、自分に合ったロールモデルを見つけやすいということです。ロールモデルとは憧れのスーパーマンではありません。自分と同じような能力、体力、性格の人を見つけて、その人がどうやって自分を高めていったか、磨いていったかということを聞くのが一番参考になるんです。大学病院にはたくさんの医師がいますから、自分に近いロールモデルを見つけやすいでしょうね。
ここには医師も研修医もたくさんいますから、良くも悪くも地域の研修病院のような濃い人間関係はありません。いい意味でドライなので、あんまり孤独で悩んでいるというような話は聞かないですね。それぐらいの距離感のほうが合っている人もいるんだと思います。逆に、濃い人間関係のほうが居心地がいい人もいるでしょうし、大事なのは自分の目で確かめて、自分に合った研修先を決めることです。」
医科歯科大での研修を通じて、どのような医師に成長してほしいのか。最後に、先生の思いを伺った。
「最低限のことは守ってほしいですが、『こうあるべき』という模範解答はありません。研修医とは、未分化な細胞のようなものだと思っています。あらゆる方向に分化していく可能性を秘めているんです。いろいろな環境に晒してあげれば、その人自身、考えてもみなかった可能性が出てくるかもしれない。そういうことも考えて、なるべく多様な研修を受けられるようにプログラムを考えています。」
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 臨床医学教育開発学分野 教授)
東京医科歯科大学理事・副学長、日本医学教育学会理事、同学会大学院教育委員会委員長を兼任し、日本の医学教育に深くかかわっている。
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