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医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と社会】G-12.予防接種制度と医師の対応

桃井 眞里子(自治医科大学名誉教授、桐生療育双葉会両毛整肢療護園)


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 感染症に対する個人防御と集団防御のために、ワクチンで予防できる疾患(vaccine-preventable diseases;VPD)を対象とする予防接種は最重要の医療および保健業務の1つである。医師は、予防接種制度の変遷と現状を十分に理解し、国民が納得して予防接種を受け、その結果を享受できるように努める必要がある。同時に、予防接種による健康被害を適切に判断し、被接種者が適切な対応を受けるために必要な医療および行政対応を知っておく必要がある。

1.予防接種法

 予防接種法は、昭和23(1948)年制定以降、多くの改正を経たが平成25(2013)年の大改正で、定期接種対象疾病はA類疾病とB類疾病とされた。

 A類疾病は、集団防御を主とし、重度な疾患の予防に重点を置いたもので、国民に努力義務があり勧奨接種である1)。平成30(2018)年1月時点ではインフルエンザ桿菌b、肺炎球菌(13価ワクチン、5歳未満)、B型肝炎、ジフテリア、破傷風、百日咳、ポリオ、結核、麻疹、風疹、日本脳炎、ヒトパピローマウイルス感染症が対象疾病である。

 B群疾病は、主に個人予防に重点を置いたものである。インフルエンザ(65歳以上)、肺炎球菌(23価ワクチン、65歳以上)が対象疾病である。そのほかに水痘、ロタウイルス感染症などを対象疾病とした任意接種があり、一部は今後の定期接種化に関して検討されている。

2.予防接種後副反応疑い報告制度

 上記の改正では、従来の副反応報告制度を法律上に位置付けて、医療機関から厚生労働大臣への報告を義務化し、医療機関からの報告情報の整理・調査は、医薬品医療機器総合機構に委託できるとされた。副反応疑い報告制度2)という呼び方は、集積される情報はあくまで"副反応疑い"であるからであり、偶々その期間内に発症した接種と無関係の例も論理的に含まれるからである。

 したがって、予防接種によって特定の疾患が非接種群と比較して優位に高頻度になった場合にのみ因果関係が推定されるのであり、予防接種のリスク管理のためにも、因果関係を問わずにより広範に有害事象を収集する体制となっている。

 定期接種では、特定の予防接種に対してアナフィラキシー、けいれん、急性散在性脳脊髄炎など、特定の症状が一定の期間内に発症した場合に報告することが予防接種法で医師に義務付けられており、それらの症状(疾病)と期間を知っている必要がある。同時に、その他の症状でも報告の必要ありと判断した場合には報告する体制となっている。「予防接種後副反応疑い報告書」入力アプリが国立感染症研究所のウェブサイトにあり、利用できる3)

3.健康被害救済制度4)

 接種にかかる過失の有無にかかわらず、迅速に救済することとされ、厚生労働省の「疾病・障害認定審査会」で因果関係および救済にかかる審査を行うこととなった。定期の予防接種後に、それによると推定される、あるいは関係性を否定できない重篤な健康被害が生じた場合には、市町村を通じて厚生労働省に救済措置の申請をすることができる。厚生労働省の「疾病・傷害認定審査会感染症・予防接種審査分科会」で審議される。この部会では、因果関係が示唆される医学的論拠の有無のみならず、因果関係の可能性が否定できないという状況、社会的背景も含めて審査されるという特徴をもつ。したがって、この審査会で救済措置が認定されたことが必ずしも、接種との因果関係が医学的に認定されたものではないことを理解する必要がある。

4.予防接種時の事故防止

 医師は、予防接種時、事故防止に一層努める必要がある。平成28(2016)年に「予防接種における間違いを防ぐために」という冊子が作成され国立感染症研究所ウェブサイトに掲載されている5)。接種業務前の確認に利用が期待される。接種間隔の間違いが約半数を占めている。

5.ハイリスク者への予防接種

 接種禁忌者の事前検出は乳児では困難である場合が多いが、原発性免疫不全を疑うための問診事項も参照し5)、また、高容量ステロイド薬、免疫抑制薬の使用にも留意する必要がある。

6.予防接種の推進のために

 予防接種は国民と医療・行政の間の科学コミュニケーションが最も必要とされる医療の1つである。ワクチン接種により予防された感染症は利益が実感されず、一方、副反応はたとえ因果関係が不明で頻度が低くても報道されやすくイメージされやすい。この情報バイアスのため利益・不利益バランスを国民が適切に受け止めることが困難な医療である。感染症予防という個人と集団の両方に重要な医療が推進され、国民がその利益を最大限に受けるためには、予防接種には常にこの情報バイアスが存在することを念頭に、見えない利益が実感できるような適切な情報提供が医療現場・学会・医師会等により継続的になされることが必要である。人間は、時間的相関関係を因果関係とみたがる、偶然を必然と理解したがる、という認知特性をもつことを念頭に科学コミュニケーションを工夫する必要がある。

文献

1)厚生労働省健康局長通知:予防接種法の一部を改正する法律の施行等について平成25(2013)年4月1日.
http://www.mhlw.go.jp/topics/bcg/tp250330-2.html
2)厚生労働省:予防接種後副反応疑い報告制度.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou20/hukuhannou_houkoku/
3)国立感染症研究所:「予防接種後副反応疑い報告書」入力アプリ.
https://www.niid.go.jp/niid/ja/vaccine-j/6366-vaers-app.html
4)厚生労働省:予防接種後健康被害救済制度.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou20/kenkouhigai_kyusai/
5)日本医師会:「予防接種による間違いを防ぐために」2016年改訂版.
/doctor/kansen/kansen_vaccination/leaf01-07.pdf
6)岡田賢司:ハイリスク者の予防接種 免疫抑制状態.臨床と微生物 2016;43(3):253-256.

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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