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医の倫理の基礎知識 2018年版
【人を対象とする研究】H-4.ヒト組織の研究への利用

米村 滋人(東京大学大学院法学政治学研究科教授)


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1.ヒト組織の研究利用の現状

 近年、人の血液や臓器・組織の一部(これを総称して「ヒト組織」という)を研究のために用いることが多くなっている。患者や研究対象者から新たに研究目的で提供されたヒト組織を用いる場合のほか、手術等の医療行為により採取されたり、他の研究のため提供を受けたりした後、大学等に保管されているヒト組織(既存試料)の一部を研究目的に転用する場合もある。

 これらの臓器・組織は、さまざまな目的の研究に用いられる。たとえば、医薬品の探索を行うために、特定の疾患を有する細胞に特定の物質を作用させ、細胞レベルの反応を見ることにより、実際に人体に適用することなく生体内反応に関する詳細なデータが得られる。また、ヒト組織を用いて遺伝子解析等を行い、患者の臨床データ等との相関を見ることで疾患の原因や増悪因子等を調べることもできる。

 さらに、近年は、多種多様なヒト組織を研究目的に収集・保管し、他の研究機関等から要請があれば、利用目的を審査したうえでヒト組織を分配する機関(「バイオバンク」と呼ばれる)が増えている。これは、ヒト組織を用いた研究の有用性を踏まえ、その利用を広く研究者一般に開放することで研究を促進するための試みといえる。

2.ヒト組織の利用に関するルール

 もっとも、ヒト組織は患者や研究対象者から提供されたものであり、誰もがどのような目的でも勝手に使ってよいわけではない。ヒト組織を用いる研究は、一定のルールの下で行われる必要がある。このようなルールとしては、①行政指針によるもの、②法律によるものの2種が存在する。

 ①の行政指針によるものとしては、文部科学省・厚生労働省等の策定した研究倫理指針が研究分野ごとに存在し、そのなかでヒト組織の利用研究のルールが定められている。たとえば、最も広い範囲の研究をカバーする「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」によれば、研究計画全体につき倫理審査委員会の承認と研究機関の長の許可を得ることが必要であることに加え、(1)新規にヒト組織を取得して研究を行う場合には、(ア)人体に対する侵襲を伴う研究では、本人または代諾者から文書によるインフォームド・コンセントを取得する必要がある一方、(イ)侵襲を伴わない研究では、文書による必要はないが、口頭のインフォームド・コンセントを取得する必要があるとされる。また、(2)自機関で保有する既存試料を用いて研究を行う場合には、原則として口頭でインフォームド・コンセントを取得すべきであるとされるが、ヒト組織が匿名化されている場合やオプトアウトの同意(事前に利用目的等と「異議があれば申し出てほしい」旨を通知・公表しておき、異議がなければ同意があったと見なす方式)がある場合には、例外的に利用可能となる。さらに、(3)他の機関に既存試料を提供する場合にも、原則として口頭のインフォームド・コンセントの取得が必要とされるが、ヒト組織が匿名化されている場合やオプトアウトの同意がある場合は例外的に提供可能とされる。以上の規制は、死者から得られたヒト組織についても適用される。

 なお、遺伝子解析を行う場合には、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の適用があり、やはり、倫理審査委員会の承認や機関長の許可に加え、新規にヒト組織を取得する研究ではインフォームド・コンセントの取得、既存試料の利用研究ではオプトアウト同意等の緩和された要件が必要とされている。

 他方で、②の法律によるものとしては、2017年に制定された臨床研究法によるものが挙げられる。同法施行規則に定められる臨床研究実施基準のなかで、自機関保有の既存試料利用の場合のみオプトアウトの同意による利用が認められ、その他の場合はすべて文書による同意が必要である旨の規定がある(もっとも、この同意取得義務の規定は個人情報を利用する場合に限定されており、個人情報を利用せずヒト組織を用いる場合については規制が全く存在しない)。

3.法的な位置づけと今後の展望

 以上の法律や指針によるルールは、いずれもヒト組織により提供者の個人情報を解析しうる点を念頭に、個人情報に関するルールをヒト組織に適用する形で研究利用の要件を定めたものである。しかし、ヒト組織は法律上「物」に分類され、物の利用ルール(民法にさまざまな規定がある)に従う必要があるうえに、ヒト組織から情報を抽出する以外の利用形態(細胞の培養・加工や多段階譲渡など)を想定したルールが必要である。現在の法律・指針上のルールは、法律上の必要性や実際のヒト組織の利用形態を十分に網羅できていない(研究規制の法律・指針に従っても民刑事法上違法な利用となる可能性がある)。このような研究規制のあり方には問題が大きく、今後、ヒト組織の利用ルールの見直しに向けた検討が必要である。

参考文献

1)米村滋人:医事法講義.日本評論社,東京,2016:267-277.
2)青木 清,町野 朔編:医科学研究の自由と規制.上智大学出版,東京,2011.
3)奥田純一郎,深尾立編:バイオバンクの展開―人間の尊厳と医科学研究.上智大学出版,東京,2016.

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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