■1.概念 |
Creutzfeldt-Jakob disease (CJD)は百万人に一人の割合で大多数が弧発性に生じるまれな疾患である。CJDは1920年代初頭、ドイツの神経病理学者CreutzfeldtとJakobによって神経病理学的に特徴のある致死的疾患群の一つとして記述された。現在、BSE―bovine spongiform encephalopathy (牛海綿状脳症)を含め、プリオン(prion、proteinaceous infectious particle)という概念によって説明できる範疇にあることが広く認められている。 米国のPrusinerが核酸のない蛋白性の感染病原体としてプリオン仮説を提唱後、広く受け入れられ、1997年のノーベル医学生理学賞を受賞するには非常に長い時間が必要とされた。その研究の初期にPrusinerが小動物(ハムスター、モルモット、スナネズミ)へ初めて海綿状脳症を接種伝達させた(1977年)当時九州大の立石潤教授をいち早く訪問した話は有名である。病原体に含まれる主体蛋白因子は同定されプリオン蛋白(Prion protein)と呼ばれた。プリオン蛋白の遺伝子は宿主の染色体DNAに存在し、病原体のプリオン蛋白は宿主蛋白に由来していることも判明した。正常プリオン蛋白は神経細胞表面へ発現され再び細胞内へ取り込まれる間に何らかの生理的機能を発揮していると考えられている。この経路のどこかで正常プリオン蛋白がプロテアーゼ抵抗性の異常プリオン蛋白へ質的変化し脳内に蓄積、神経細胞を障害、神経細胞が次々と変性壊死脱落し、プリオン病を発病する。プリオン蛋白の質的変化に関わる他の宿主因子、複製における異常プリオン蛋白の役割、プリオン病原体のプリオン蛋白以外の構成成分等、現在活発に研究され議論を呼んでいる。 |
■2.疫学 |
我が国を含め、世界各国の古典的CJD有病率はほぼ同一で、人口100万人対1前後であり、まれな疾患である。地理的に差がない感染症としてもCJDは特異性を示している。例外的にパレスチナ地方の有病率は30人/100万人といわれている。発症年齢の平均は62歳であり、女性が男性よりやや多い。 new-variant CJD (nv CJD)発生の経緯について関連事項を以下に示す。ウシの畜産経営は飼料を安く抑えることで、純益が増加するが1970年代後半英国において肉骨粉飼料(ヒツジまたはウシの骨粉、内臓由来タンパク質を混入させたもの)の開発により、高栄養で安価な飼料供給システムができあがった。この開発によりそれまでプリオン病の報告されていない畜産用ウシにはじめてプリオン病を創出したことが疑われる結果になった。BSEの最初の報告は1985年2月に行われている。1996年3月に計10名の古典的CJDと異なる臨床経過と病理像を示す20歳代のCJD例、 nv CJDが報告されBSEとの濃厚な関係が疑われた。現在まで、数種類の解析結果がこのnv CJDとBSEの類似性を示し、nv CJDはBSEウシのおそらく神経組織の摂取によることが原因であるという推測が支持されつつある。 nvCJDは2001年10月までに英国で107名報告されており、今後の推移予測には千台から数万台へと非常に差がある。フランスでは2名報告されている。1996年以前、英国ではハンバーガーに牛の脳組織を加えることが許容されており、このことは英国においてnvCJDの発生が集中していることを説明する。 |
■3.病原体 |
病原体の主体は宿主プリオン蛋白由来の蛋白成分である。プリオン病の脳からは界面活性剤処理により、幅4nM、長さ数百nM程度の感染性のある微細線維状物質が観察され、主に異常プリオン蛋白の凝集によるものであることが報告されている。しかし病原体が得られた臓器によって、異常プリオン蛋白の量と感染価は一致しないことがあり、プリオン蛋白以外の感染に影響する因子が想定されている。 CJDは、経気道、経口感染はないとされるが、大量病原体を経口摂取した場合の発症が疑われている。またCJD患者からの移植(角膜、硬膜)、CJD患者由来のヒト下垂体ホルモン投与、病原体に汚染した深部脳波電極を使用した検査により感染したとの報告がある。紫外線、エタノール等の消毒法が無効であり、手の汚染、注射針等の刺傷、感染物の眼への飛沫や手で眼をこすることをさける。汚染したものは焼却するかSDS (sodium dodecyl sulfate)を3%含む溶液中で100度、5分間以上加熱処理する。臨床材料はBiosafety level 2 (BSL-2)にて扱う。プリオン病原体等の臨床材料または剖検材料からの抽出はBSL-2内の安全キャビネットで行う。 |
■4.臨床症状 |
古典的CJDは精神症状と高次機能障害(記憶力低下、計算力低下、失見当識、行動異常、性格変化、無関心、不安、不眠、失認、幻覚など)で初発する。発病より、数ヶ月で痴呆、妄想、失行が急速に進行し筋硬直、深部腱反射亢進、病的反射陽性が認められる。さらに起立、歩行が不能になり、3−7ヶ月で無動性無言状態に陥る。1−2年で全身衰弱、呼吸麻痺、肺炎などで死亡する。 nv CJDは20代の若年に好発する。不安、感覚障害で初発し経過が長いのが特徴とされ、無動性無言状態に陥るのに1年を要する。この理由は、異種の病原体がヒトへの種差を乗り越え複製するのにより長い時間がかかっているためであると推測することができる。 |
■5.病原体診断 |
生前の確定診断法はないが、髄液中の14-3-3蛋白の検出が特にヒトで有効であるという報告が複数ある。脳波は初期から基礎律動の不規則性がみられ、その後高振幅鋭徐波(PSD)が出現する。画像上CTスキャンでは初期の軽度の大脳皮質の萎縮、脳室拡大がみられ、その後急速な大脳、小脳の萎縮、著明な脳室拡大、白質のびまん性低吸収域が認められる。 病原体の分離には剖検材料(脳組織、扁桃、脾、髄膜、移植例では角膜)から異常プリオン(プロテアーゼ耐性)の同定を免疫組織化学またはウエスタンブロットにより行う。PCRによるゲノムの解析は血液等から抽出したゲノムDNAをもとに、プリオン遺伝子のシークエンスを決定し遺伝性を調べる。日本人の遺伝性プリオン病(主にGSS)では東北大、北本哲之教授によってコドン102、105、145、219などに変異が発見されている。ホルマリン固定後のギ酸不活化パラフィン包埋組織については危険性がなく室温における輸送が可能である。3%SDS中で5分間以上煮沸したサンプルに感染性はないので通常のサンプルと同様に保存する。器具等汚染の不活化は極めて困難である。(焼却あるいは3%SDS中で5分間煮沸、5%次亜塩素酸ナトリウム中に2時間以上室温で浸す。高圧蒸気滅菌は132oCで1時間行うが、乾燥した器具等には適さない。) |
■6.治療。予防 |
治療法は現在開発されておらず、対症療法が主体である。最近、培養系においてではあるが抗マラリア薬及び抗精神薬にプリオン蛋白増殖抑制作用が見つかり、治療薬として期待されている。栄養の補給、関節拘縮、褥瘡、気道、尿路感染に注意する。プリオン病原体が種の違いをジャンプする可能性があるため、牛の脳、脊髄、眼、回腸部の摂食は避けるべきだと考えられる。BSE牛からの生乳に感染性が認められていないことから生乳及び乳製品は安全であると推測される。ヒツジ脳はフランスで長く食されておりスクレーピーのヒトへの伝達は起こらないことが推定されるが1980年以降発生しているBSEがヒツジに伝達されていない確証がない現状では、ヒツジ脳の摂食も避けた方が無難であると考えられる。 |