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平成30年(2018年)10月5日(金) / 南から北から / 日医ニュース

七尾のななこ

 富山の実家で5歳になる柴犬を飼っている。私は現在2度目の七尾生活を送っているが、以前ここに勤務していた5年前に実家に連れて帰った犬だ。一代目のまり(雑種)が亡くなって3年。祖母と父、母の大人だけの生活は、食事中も会話なしで、テレビをBGMに黙々と食べているような毎日だった。このままでは笑うこともなく、3人とも呆けてしまうのではないかと不安に駆られた。
 まりは捨て犬だったのを私が小学生の頃、父がもらってきた。毎朝5時過ぎになると部屋の戸をノックして祖母を起こしに来る。平日は祖母が朝夕散歩に連れていき、週末になると父は夜明け前からまりを連れて山に散歩に出掛け、家では、まりが一家だんらんの中心だった。
 私もどれだけ受験のストレスを癒してもらったか知れない。きっと祖母が90歳近くなっても元気なのも、散歩に連れ出してくれたまりのおかげだと思う。何でもない日常も、犬が一匹いるというだけで、その一挙手一投足が家族の話題になり、みんな笑顔になる。
 そんな私の不安から、ななは実はネットで探した京都のブリーダーから購入したのだが、犬を買ったと言うと父は怒るに違いないので、引き取り手がなくてもらったということにした。父は、ニュースでぺットブームの話が出る度、「おもちゃじゃないんだぞ。命なんだから」とよく私に諭していた。
 確かに台風の日だって雪の日だって散歩をなしにするわけにはいかない。犬を飼うということは食費や医療費にお金も掛かるし、旅行に行くも制約が出てくるし、何より一生面倒をみてあげる責任が伴う。安易に飼えるものではないことは分かっていたが、それでも、まりがいた頃の幸せな時間が忘れられなくて思いきった。
 七尾で生まれたと思い込んでいる両親はななと名づけて、ななこ、ななこと可愛がっている。車のナンバーも7753(ななこさん)にしている。私にとっては二代目の犬になる。生活を共にしているわけではないので、十分な世話をしてやれないが、それでも帰る度に大喜びで迎えてくれて、我が家の中心的存在になっている。
 ななもまりと同じように育てているはずなのに、性格はまるで違う。犬だって個性があって唯一無二の存在なのだと改めて思う。心を見透かすような眼でじっと見つめてきて、気持ちが通じ合ったように思える時もあれば、のほほんと何の心配事もない様子にこちらの心が軽くなることもある。
 患者さんとの会話でも、犬の話が出ると、心が動く。
 「わしの仕事は犬の散歩くらいのもんで、別にどうなってもいいのだけど、犬を一人置いて先に逝くわけにもいかないから」と話す患者さんがおられた。奥さんに先立たれて犬との二人暮らしだという。金沢に勤務していた頃出会った間質性肺炎の患者さんだったと思うが、お元気だろうか。
 犬の一生は十数年なので、自分より遅く産まれてきても、最期をみることになる。命の大切さもまりやななが教えてくれたのだと感じる。
 (一部省略)

石川県 石川医報 第1655号より

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