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令和2年(2020年)12月5日(土) / 南から北から / 日医ニュース

「院内音楽会」など、あり得ない?!

 今年はCOVID―19により、何もかもが激変しました。自分などは平和な部類と思わなくてはなりませんが、「私の激変」をお話しします。
 私は自分のクリニックに「院内音楽会」なるものを立ち上げて、毎年秋の日曜日に開催してきました。立ち上げは今から7年前のことです。
 趣味のピアノを生かしてみたいという考えもあって、院内に自宅のグランドピアノを運び込んで、クリニックの外来をミニコンサート会場に仕立ててみました。聴いてもらう人は患者さん。眼科はQOLに関わる訴えが多い科なので、医療者と患者さんが一緒に音楽を楽しめたら、診療にも生きることがあるかもと考えました。
 自ら演奏する医者仲間で企画し、興味のある人を募って、無料参加してもらいました。医院のスタッフやその家族も交え、会場設営やプログラムづくりも手づくりで行い、患者さんの出演もありです。やってみると、なかなか楽しいイベントになりました。
 以来、毎年音楽会を開催してきました。今年は一層充実の第7回を迎えるはずでした。そこへ、このコロナです。
 このような狭い空間に、人を入れて、喋って歌って、まさに3密のライブハウスそのもの! しかも私は医療者、ここは医療施設。コロナを封じ込めなければいけない立場。院内で音楽会なんて、あり得ない?!......絶句です!!
 コロナが迫ってきた3月、クリニックはもはや音楽どころではなくなりました。マスク、アルコールの確保に血眼となり、窓開放、空気清浄機全開、ビニールカーテン。待合室には感染注意の掲示を貼りまくり、雑誌絵本はことごとく撤去。
 そんな中、これまでの音楽会のポスターや写真がふと目に入りました。こんなことになるとは思いもしなかったその頃の自分達が、「密になって」写真に写っていました。良くないことをしている意識など、全く存在しませんでした。それがコロナによって「一番してはならないこと」になってしまったとは! 何だか心外な気持ちです。音楽を皆で楽しもうとする、むしろ心の健康に向けた活動が、やれば健康が損なわれるだなんて。
 音楽がもたらすのは楽しみだけではありません。人の気持ちに共感を呼び起こし、人の気持ちを癒してくれます。そして励ましてもくれます。
 コロナが世界を覆(おお)い始めた頃、私はバッハのパッサカリアとフーガを、毎日のように聴いていました。ペストなどがはやった過酷な時代。バッハの旋律に込められた、命への深い尊厳と祈りが、いつにも増して心に染みました。
 肺結核により39歳でこの世を去ったショパン。近年弾き込んでいるバラード2番は、自らの病への不安と葛藤を、激しい旋律で表しています。作曲によって苦しみを昇華しようとしたかのようなショパンの心情が、妙にコロナ期の今と重なる気がします。
 今年の音楽会は、もちろんやめました。けれど音楽そのものが否定されたわけではありません。そのことに気付かなければ、と思うのです。
 今こそ音楽が必要です。私は医療者として、そして音楽愛好家としても、「今こそ心に音楽を! 人生に音楽を!」と呼び掛けたいと思います。
 感染防御の最前線の立場にあって、この思いを伝えていこうと思うならば、3密を避けて伝える方法を、何とかして考えなくては、と自問自答を繰り返しました。
 その結果、今年の音楽会は「待合室に流すビデオ音楽会」とすることに決めました。過去の音楽会の良かったシーンを集めて再生。現在の録音とミックスし、編集します。
 10月1日から毎朝30分間、待合室に流そうと思っています。その頃患者さんは、どんな気持ちでこの「院内音楽会」を聴いてくれるのでしょうか?

(一部省略)

滋賀県 大津市医師会誌 第507号より

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