日医ニュース 第856号(平成9年5月5日)

糸氏副会長に聞く

『医療制度改革の基本方針』に対する日医の見解

与党医療保険制度改革協議会がまとめ、与党各党で了承された「医療制度改革の基本方針(以下、単に基本方針という)」に対する見解を糸氏副会長に解説してもらった。

全体的な感想

 基本方針に対して、全体的な感想をあえて述べさせてもらうと、国政をあずかる立場での改革に対する情熱というか、これだけは絶対に守っていくんだという決意というか、そういう姿勢がいま一つ伝わってこないように思える。

 わが国の医療保険制度は、皆保険創設から今日まで、幾多の社会的・経済的な変動を乗り越えて、ともかくも、国民の健康を保障する制度として、国民に深い信頼と支持を基盤に発展してきた。

 今後もこのすばらしい制度を維持・発展させていくとすれば、まず、その芯に国の責務が一本貫かれていて、そのうえで、国民や医療関係者の理解と協力を求めていく―そういう姿勢が不可欠だと思う。為政者の社会保障制度への積極的な姿勢が望まれるところである。

基本的な考え方

 私が最も重視したいのは、非常に厳しい状況のなかにありながらも、「国民皆保険制度を堅持する」、「時代の水準に見合った適正な医療を提供していく」―この二つの原則を打ち立てたことは、それなりに評価できるのではないかと思っている。

 しかし、例えば、財源についても、今後の高齢社会のなかで、国、被保険者、患者さん等の負担区分についての基本的な方針が欠落しているのは問題である。

医療提供体制の改革

 最初の「医療機関の機能分担と連携」で一番注目されるのは、「外来患者の大病院集中の改善をうながす方策を検討」し、これによって医療の無駄を省き、効率化を促進しようとしている点である。

 医療において最も大切なことは、医師と患者さんとの信頼関係で、これについては基本方針でも、「かかりつけ医機能を重視する」としている。これからの地域医療は、患者さんと深い信頼関係を持つ「かかりつけ医」を中心に展開していくべきで、この点については、日医の主張が取り入れられたと考えている。 次の「保健・医療・福祉サービスを一体的に提供できるように、地域医療計画と老人保健福祉計画との整合性を図り、適切な病床数を確保する」や、「急性期医療をフォローする在宅医療を充実し、慢性期医療はなるべく住み慣れた家庭において受けるという体制の整備を進めるべきだ」との記述も、問題のないところだと思う。

 次の項の「地域医療の充実」では、「かかりつけ医機能」を担う医師の積極的な育成、そのための卒前・卒後教育の充実、さらには、看護体制の充実、マンパワーの適正な確保などを提言しているが、これもそのとおりだと思う。

国民に開かれた医療の提供

 ここでは、「情報公開」という目新しい切り口が提示されている。消費者である国民が、「どの医療機関が、どのような診療をしているか」「自分の病気には、どの診療科が適切なのか」などを知ることができるようにする―これは、医師と患者さんとの信頼関係を守るため、今後の医療機関の行動として非常に重要である。

 もし、医療機関側の情報公開が遅れるようなことになると、米国のように、患者さんに代わって保険者が医療機関を選択する、いわゆる、マネージド・ケア(管理医療)という形に流れていくおそれがある。

 マネージド・ケアは、アメリカのHMO、PPOなどの民間医療保険組織が採用している方式で、保険者が医療機関の機能を調べ、持定の医療機関にのみ患者さんを誘導する方式で、医師の診療内容も提示する。現に、保険者団体などからは、このような制度を導入すべきだとする強い意見も聞こえてきている。 われわれは、「医療は、医師と患者さんとの信頼関係が基本である」と確信している。ところが、HMO方式だと、患者さんが、「自分はこの医師とは信頼関係が結べない」と思っても、保険組織が選んだ医師を拒否できない仕組みになってしまう。

 これと比べると、わが国の医療保険制度は、医療の本質にきわめて忠実なシステムといえる。しかし、これを維持していくためには、医療機関側が情報公開を徹底して行うことが必要で、それはまた、適切な患者さんの流れをつくっていくためにも不可欠だと思う。

高齢者医療制度

 医療費増加の最大要因は、老人医療にある。さらに、老人医療への拠出金の増加で健保財政が逼迫している。問題は、このような状況から、どのようにして脱出していくかである。基本方針では、「別建て制度と、退職後継続加入制度の両方を視野に入れて検討していく」としている。

 日医は、従来から高齢者医療を一般医療から分離・独立させるよう主張している。その理由は、高齢者医療は若年者医療と違って、必ずしも、保険原理では解決できないさまざまな問題を抱えているからである。

 保険原理は、一力月入院すれば治るといった病気の場合などには適している。しかし、高齢者の場合は、いったん病気になると治りにくく、生きているかぎりその病気を背負っていく。一つの病気になると、他の病気が併発しやすく、また、重症化し、寝たきりや痴呆などの病態におちいりやすい。こういうことで、高齢者の医療は、どうしても保険原理にはなじみにくく、むしろ保障原理になじむといってよい。

 そこで、われわれは、長期積立型老人医療保険制度の創設を主張している。この制度では、健保・国保の老人医療への拠出金制度をやめ、高齢者医療は国庫負担と老人負担(高齢者の保険料と患者さんの自己負担)でまかなっていくことになる。

 健保などでは、拠出金負担がなくなれば、逆に余剰金が生じる。そこで、この余剰金を蓄積しておいて、ある年代の被保険者たちが健保から老人医療に移行する際に、その年代の人たちの蓄積分を老人医療に振り替える。要するに、蓄積分を持参金に高齢者医療保険に移行するわけである。

 制度発足当初は、ある程度の国庫負担が必要だが、五年、十年を経れば、被保険者自身が若いときから掛けた蓄積分で高齢者医療保険の運営が可能になり、また、国庫支出を大きく軽減させることもできる。

 一方、保険者団体などが主張している「退職後も退職前の健保に継続加入する方式」は、退職後の職業や身分の変化などの隘路があって、すべての対象者に適用できるかどうか、現実的には不可能に近いのではないか。

 高齢者医療保険の保険料について、基本方針では、「高齢者自らが保険料を負担し、それには、年金との整合性を考えてはどうか」と述べているが、われわれも避けて通れない課題だと考えている。いずれにしても、患者負担については、十分な時間をかけて検討し、国民の合意を得るための努力を惜しんではならないと思う。

 さらに、日医としては、介護のなかには必ず医療があり、両者は不可分の関係にあることから、将来的には、介護保険と高齢者医療保険とをドッキングさせ、財政的にも一本化すべきであると考えている。

医療保険各制度の保険基盤の安定化

 「公的医療保険のあり方の検討」と書かれているのは、おそらく、「公的保険の守備範囲をどうするか」の問題を指しているのではないかと思う。貧富の差なく、だれもが適切な医療を受けられる―これが社会保障の一環として、わが国が努力し実現してきた医療保険の理想である。

 しかし、医学・医療の急速な進歩による高度・高額医療の増加傾向、また、患者さんのニーズ、特にアメニティー部分の問題なども勘案すると、いずれは検討しなければならない課題になってくるであろう。

診療報酬体系

 ここで一番の問題は、「定額払いの位置づけ」である。「定額払い」とは、単的にいえば、「できるだけよい医療を、できるだけ安く提供せよ」ということである。しかし、現在の自由経済体制のなかでは、「よい医療」には、それ相応の技術・労力・時間、そしてモノがともなうわけで、その点、出来高払いならば、医療の質は保証され、適切な診療内容を提供することができる。

 出来高払いで医師を信用しない人たちが、定額払いで急に医師が信用できるのだろうか。 われわれは、「定額制にはすべて反対」しているわけではない。ただ、診療報酬のなかには、定額制になじむものと、なじまないものとがあるわけで、それらをきちんと検証しながら適切に対応していくことが大切だと考えている。

薬価基準制度

 いきなり「参照価格制度を採用する」などといわれても現実的には実現困難で、日医としては、現行制度の矛盾点(価格設定方法の適正化、長期収載品目の価格の見直しなど)の改善に取り組むことが先決だと考えている。

 最終的には、薬価差などに依存しないでも、安定した医業経営ができるような、技術料の適正な評価を実現していかなければならないと思っている。

まとめ

 基本方針の内容を評価すると、80%くらいはまあまあ、20%ぐらいは問題ありということになる。

 この基本方針が、今後の改革論議に向けての一つの筋道をつくったという意味では評価できるが、各論的に検討することになれば、まだまだ、多くの問題点を含んでいることは否定できない。日医としては、これまで蓄積した理念・政策を基盤に、慎重に対応していく考えである。

健保法改正案国会審議 日医の基本姿勢は不変

 糸氏副会長は、このほど健保法改正案に対するその後の日医の対応について、次のようなコメントを明らかにした。

 「健保法改正案について、最近さまざまな憶測がなされている。日医としては、当初より薬剤負担の部分については一貫して、

(1)老人の薬剤負担は、外来での定額のなかに包括されている

(2)一般については、種類数に関係なく、一日当たり五十円とする

 ――を基本姿勢として堅持してきた。

 これをめぐる周囲の情勢はきわめてきびしく、対応は困難をきわめているが、今後とも、従来の方針を貫いてゆきたいと考えている」