日医ニュース 第902号(平成11年4月5日)

糸氏副会長
朝日新聞「論壇」に反論


 去る2月22日付の朝日新聞「論壇」に「高齢者薬剤費免除は改革に逆行」と題する村上忠行氏の主張が掲載された.氏は,先に決定した高齢者薬剤費一部負担免除の特別措置を「日本医師会の圧力」によるものであると断言し,これが医療制度の抜本改革に影響を与える恐れがあるとして,政府および厚生省にその撤回を要望している.
 これに対して,3月22日付の同紙「論壇」において,糸氏英吉副会長が反論を述べているので,全文を掲載する.

医療改革の理念欠く患者負担

 2月22日付の論壇で,村上忠行・日本労働組合総連合会(連合)総合政策局長が,高齢者の薬剤費一部負担の免除について,この措置が医療制度の抜本改革に悪影響を与えると批判している.患者の新たな負担増に反対してきた日本医師会の立場から,これに反論したい.
 1997年9月の改正健康保険法実施で,患者の自己負担が引き上げられたうえ,薬代についても種類と日数に応じて患者に負担が課せられることとなった.日本医師会はこれを薬剤費の二重負担制度ととらえ,かねてから全廃を政府に強く求めてきた.その結果,70歳以上の老人医療に限って薬剤費負担を免除する特別措置をとるための予算を盛り込んだ新年度政府予算が成立した.
 村上氏は,この特別措置に3点の問題があるとしている.
 まず第一に,「この措置が医療制度の抜本改革に影響を与える恐れがある」という点である.
 だが,今回の特別措置と医療制度の抜本改革とは,何ら関係はない.日本医師会は,21世紀を視野に入れた医療制度改革については全面的に賛成の意思を表明しており,独自の医療構造改革構想に基づき,薬価や老人医療,診療報酬体系などの改革案を公表してきた.その根底には,国民がいつでも,だれでも,どこでも医療機関にかかれるという我が国の医療保険制度の優れた点を守ったうえで,高齢者と若年層の特性を考慮した制度体系を再構築するという考えがある.
 村上氏は薬剤費を患者が負担する根拠として,医療費の増大に歯止めをかけるため,「薬漬け医療」を改めることを挙げている.慢性疾患が疾病の主流となり,とくに多くの病気を併発しやすい高齢患者にあっては,薬剤の種類は多くならざるを得ない.だが,ほとんどの医師は,患者に最適な薬剤をできるだけ無駄無く使おうと努力している.全国老人クラブ連合会が昨年実施したアンケート結果によれば,患者の約8割は5種類以下の処方で済んでおり,村上氏の指摘は全く当たらない.
 さらに村上氏は,我が国の医療費水準をどのように認識しているのであろうか.日本の医療費の対国内総生産比は,96年の経済協力開発機構(OECD)加盟29カ国中で21位だったことを見れば,我が国の医療費が高いとはいえない.
 かつてない不況の中で,薬剤費の二重負担は国民の先行き不安感を募らせ,患者主体の医療改革が叫ばれる中で,必要な受診まで手控える傾向が続いている.患者負担をターゲットに医療費節減を図るという論議は,即刻やめるべきである.
 第二の問題点として,村上氏は特別措置の決定プロセスが「不透明でアンフェアなことが問題だ」とし,日本医師会と自民党の水面下の協議で措置が決まったかのように指摘しているが,これは誤解である.
 97年1月,医療保険審議会は患者の大幅負担増を骨子とする答申を厚相に提出した.そこには,日本医師会側の委員から「高齢者の一部負担については急激な負担増を避けるべきこと」について強い意見があった旨が明記されている.我々は当初より,不当で過重な患者負担増には強く反対してきているのである.
 村上氏は3点目に,「政治と行政のあり方が問われている」ことを挙げている.これには同感である.厚生省のみならず,霞が関の官僚が21世紀の青写真を描けない中で,求められているのは政治の強い指導力である.国会議員がつくった政策を,行政が「公僕」として履行するのが,本来あるべき姿である.
 しかし村上氏は,健保組合などが公務員出身者を抱え,非効率かつ閉鎖的な運営を行っている事実をどのようにとらえているのか.
 医療現場の患者の声を根拠に我々が政権政党に訴え続けた結果,最終的に政治が判断した今回のプロセスは,極めて自然な流れである.企業側に立つ日経連や健保連ならともかく,庶民の味方であるべき連合までが,なぜ異議を唱えるのか理解に苦しむ.
 日本医師会が反対しているのは,保険者の赤字補てんのため,ひたすら患者を犠牲にした理念なき改革に対してである.患者本位の抜本改革を成し遂げようとしている我々の真意が理解されることを切に望む.

糸氏 英吉


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