日医ニュース 第956号(平成13年7月5日)

日医
株式会社の医療参入断固拒否
経済財政諮問会議基本方針を受けて

 経済財政諮問会議がかねて「骨太の方針」と説明してきた,「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(以下「基本方針」という)が,6月21日に発表された.これを受けて,翌22日,糸氏英吉副会長と青柳俊常任理事が記者会見を開き,「声明」を発表して,基本方針に対する日医の考えを明らかにした.


 日医は,聖域なき構造改革を小泉内閣が推進すること自体に異論を挟むつもりはない.むしろ,基本方針に示す,特定財源をはじめとした公共事業のあり方の見直しなどは,「骨太の方針」の名に恥じない英断であると高く評価している.
 しかし,一転,社会保障制度の改革に関する記述となると,「国民の安心と生活の安定化を支える」としながらも,国民が安心して暮らせるために,国はどのような責任を持ち,どのような基本理念に基づいて改革に取り組もうとしているのか,あるいはどの水準でセーフティネットを構築するのかということが明確に提示されていない.
 基本方針の内容から判断すると,経済財政諮問会議は,わが国の社会保障制度にアメリカンスタンダードである「新自由主義」を取り入れようとしていることが明らかである.しかし,個人主義の発達したアメリカの方式を,やみくもにわが国に取り入れることが果たして適当であろうか.
 サービス提供面に係る部分でわずかに「共助」という概念について言及してはいるが,全体的に「自助・自律」を基本とする制度設計を強調する背景には,わが国における地域や社会の連帯,世代内や世代間の助け合いの仕組みを排除しようという意図さえ感じられる.わが国における社会保障,特に医療保障の基本は,自助,互助,公助から成っている.そのバランスの議論はあり得るとしても,基本理念が失われるような施策はアメリカ社会の再現にほかならず,これを容認することはできない.
 構造改革に当たっては,従来の制度の守るべき優れた点,改革すべき不合理点を具体的に明らかにしたうえで議論が行われなければならない.
 わが国の医療制度の優れた特徴は,国民皆保険体制と現物給付制度による国民の医療へのフリーアクセスを担保してきたことにある.このことが,世界一低い乳幼児死亡率,世界一の長寿国を達成し,国際的に高い評価を受けているわが国の医療制度の根幹を成していることはいうまでもない.まず,この優れた特徴を制度として,将来にわたり守り続けていくという強い決意が必要である.

経済財政諮問会議
「基本方針」の主な論点と影響
日本医師会
    1.株式会社の医療参入
    • 非営利法人との会計構造の相違から派生する医療費の増大
    • 実利追求型の企業論理の横行
       →医療倫理の崩壊

    2.医療費総額の伸びの抑制

    • 経済波及効果大の産業の成長阻害
       →経済全体へのマイナス影響
    • 医療の質の低下
       →国民の健康へのマイナス影響

    3.公的保険による診療と自由診療との併用

    • 混合診療の容認→現物給付制度の崩壊
       →患者負担の増大→フリーアクセスの阻害

    4.保険者と医療機関との直接契約

    • 平等性の崩壊→フリーアクセスの崩壊

医療分野における主な問題点

営利法人(株式会社)の医療参入

 医療には,産業という面と社会保障という面の二面性があることを忘れてはならない.これまでも,産業という面からの効率性と,社会保障制度という面からの平等性をどのように両立させるかに腐心してきた経緯がある.営利法人の医療参入は,平等性の崩壊をもたらす危険性が極めて強いが,社会保障という面も含んだ医療あるいは医業経営の近代化・効率化をもたらすというエビデンスはまったく示されていない.
 例えば,介護保険における営利法人の参入が,果たして介護サービスの提供に「効率化」や「継続性」をもたらしているのかなど,客観的なデータ検証に基づき議論すべきであり,「感覚的」な指摘は強い危険性を孕んでいることを認識すべきである.
 営利法人の参入は,非営利法人との会計構造の相違から,必ず医療費の増大をもたらすだけでなく,収益性の高い患者の選別など,わが国の皆保険制度が守ってきた公平性,平等性を著しく阻害するおそれ大である.
 さらに,経済的規制の撤廃と社会的規制の撤廃とを同一次元で扱うことの問題について,十分に考慮しなければならない.医療という分野は,治安(警察)や防災関連,教育などと同様,公共財としての位置付けを明確にしておく必要がある.「市場原理」による価格メカニズムと自由競争の徹底は,人間の命に価格をつけるという根源的な問題を内包しており,国民感情として認められることではない.医療においては,利益追求の面が抑制され,質による競争が強調されることにより,効率と平等の両立が図られるような原理が求められるのは理の当然である.
 医療における営利法人の参入は,このような視点の正反対に位置するものであり,決してこれを容認してはならない.


医療費総額の伸びの抑制

 そもそも医療費は,人口増,高齢化の進行,物価・人件費の上昇,新たな医療技術の開発と普及など,必然的に増加する要因を多く含んでおり,これを強制的に抑制することは実質不可能である.無理に抑制しようとすれば,応召義務を課せられている医師や医療機関に重大な影響を及ぼすとともに,安定的で継続性のある医療へのアクセスを阻害することになる.すなわち,もっとも被害を受けるのは国民ということになる.
 また,政府も認めているように,医療というのは生産波及や雇用創出等,極めて経済波及効果の大きい産業である.医療費の抑制は,強い雇用吸収力等を持った優れた産業の成長を阻害することになる.
 たしかに,少子高齢化が急速に進行する人口構造のなかで,特に高齢者の医療費については,その伸びを緩やかにするような方途を考える必要はある.重要なことは,国民への質量ともに十分な医療提供を確保しつつ,必然的に伸びる医療費に対しては,その伸び率をいかに緩やかにしていくかということについて,客観的なデータに基づき,実現可能な方策を検討することである.


公的保険による診療と自由診療との併用

 わが国の医療保険制度の優れた特徴の一つは,現物給付制度を採用していることにある.この給付方式が,国民が低い負担で安心して医療を受けられることの背景にあることはいうまでもない.
 公的保険による診療と自由診療との併用は,いわゆる「混合診療」を容認することにほかならない.つまり,患者の負担は著しく増大し,経済的に弱い立場にある者は,実質的に医療へのアクセスを阻害されてしまうことになる.
 国民皆保険体制下での平等性,公平性を担保できない制度の導入に対しては,いかなる理由があろうとも賛同し得ない.


保険者と医療機関の直接契約

 直接契約は,国民皆保険体制下の基本である平等性・公平性やフリーアクセスを国民から奪うとともに,医療機関,審査・支払機関等の事務の煩雑さを生み,医療コストの増加を招くことは火を見るよりも明らかである.あえてこのような仕組みを導入することは,平等性の担保という趣旨からも否定されるべきである.
 今回の改革が成功し,経済財政が正常に回復したとしても,そのために肝心な社会保障が沈没し,消失することがあれば,国民にとって何のための改革であったのかといわざるを得ない.そのような事態だけは避けなければならない.

声   明

 小泉内閣は各分野における構造改革に積極的に取り組む姿勢を打ち出している.
 日本医師会は,社会保障制度,特に医療構造改革の問題の重要性と緊急性に鑑み,その姿勢を高く評価するものである.
 構造改革の推進に当たって,昨日,経済財政諮問会議からその「基本方針」が公表されたが,経済財政改革ばかりに重点をおくことによって,わが国の社会保障制度の崩壊を招くことがないよう,以下に指摘する点に留意されることを強く望む.

  1. わが国の社会保障,特に医療保障の基本は「自助,互助,公助」からなっており,そのバランスの議論はあり得るとしても,基本理念が失われてはならない.(医療の基本理念)
  2. わが国の医療および医療制度は,国民の健康増進と生命を守ることを通じて,全ての国民に公平で平等な生活を保障し「安心できる」社会を作ることを目標とするものである.(国民皆保険体制とフリーアクセス)
  3. 医療および医療制度の第一義的目的は,本来経済性や営利性の追求ではなく,人命の尊重と保護であり,いわゆる市場経済原理が必ずしもなじまないことを確認すべきである.(医療の非営利性)
  4. 改革に当たっては「安心できる」社会の基盤となる安定的で継続性のある医療体制を作ることが重要であり,医療については治安や防災,教育などと同様に公共財としての位置付けを明確にすべきである.(医療の公共的使命)
  5. 医療従事者は,高い倫理観と専門性をもって医療行為を行う重い責任と義務を負う.(医の倫理とプロフェッショナルフリーダム)

2001年6月22日
社団法人 日本医師会


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