日医ニュース 第960号(平成13年9月5日)

視 点

触法精神障害者の処遇について

 去る六月八日,大阪府池田市の小学校で起きた児童殺傷事件は,「重大な犯罪を犯した精神障害者」の処遇について関係者の間で大きな議論を起こしている.
 この問題については,ライシャワー事件を契機に昭和四十年以来,議論されているが,おのおの団体の思惑があり,先送りされてきた.平成十一年に改正された精神保健福祉法でも,この問題が指摘され,日医は早期に制度の見直しをするよう衆議院で意見陳述し,三年を目途に決着するとの約束を得,平成十三年二月,法務省と厚生労働省で検討を開始した矢先の出来事であった.
 重大な犯罪を犯した精神障害者への治療とケアの充実を図ることは当然であるが,医療と司法の守備範囲を明確にすることが重要である.医療関係者は症状の改善に責任を持つが,社会防御的役割は医療の本来の役割ではなく,この問題をあいまいにしてきたことが,精神病院の近代化を遅らせ,偏見の増長を招いてきたと考える.
 ここで強調しておきたいことは,精神障害者への差別ではなく,必要な治療システム,社会復帰に向けてのケア体制を整備してこなかった行政の怠慢についてであり,縦割り行政のなかでお互いに解決への努力をしようとしてこなかったことに対してである.また,人権の問題を強調するのみで,議論を前向きに進めようとしてこなかった学会関係者,弁護士会等も今回はぜひ,積極的に広い視野で議論されることを希望する.
 ここで検討する問題をいくつか挙げてみる.まず,触法精神障害者の処遇をだれが決めるのかである.精神障害があり,殺人を犯した者の八三・三%が不起訴処分(平成六〜十年の累計)になっており,裁判を受けていないことに問題がある.ちなみに,イギリス,ドイツ,オランダ等では,裁判所が判断している.次に,触法精神障害者をどこで治療するのかである.精神保健福祉法第十九条の七では,都道府県は精神病院を設置しなければならないとされており,これは措置入院を前提にしている.三番目は,触法精神障害者の退所をだれが決めるのかである.弁護士会はこれらの問題に関して裁判官の関与に消極的であるが,要は責任の所在の問題であることを考えなければならない.四番目は,退所後のアフターケア体制をどうするかである.地域におけるケア体制の整備は急がなければならない.問題は山積している.しかし,今回が解決のためのラストチャンスと考え,先送りしないことを各関係団体に強く望む.


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