日医ニュース 第965号(平成13年11月20日)
平成13年度医療政策シンポジウム
「医療と市場経済」をテーマに
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平成十三年度医療政策シンポジウムが,十月二十一日,「医療と市場経済」をテーマとして,日医会館大講堂で開催された.経済財政諮問会議,総合規制改革会議などで,株式会社の医療経営参入問題が議論されているなかで参加者の関心は高く,活気あふれるシンポジウムとなった. |
石川高明副会長の司会で開会.冒頭坪井栄孝会長があいさつし,今回のシンポジウムの意義を強調した.
「二月に定例の医療政策シンポジウムを行って,なぜまた今回開催するのかということを,昨日,今回の講師であるシャオ教授に質問されたが,二月のシンポジウムはわれわれが教養を高めるための勉強会であり,今回のシンポジウムは,今後の改革論議に向けての戦略会議であると答えた.しかし,これはわれわれの私欲を満たすためのものではないということは,以前からいっているとおりである.
先般,日医の医療政策会議から『医療と市場経済』というテーマで答申をもらった.この答申は実に明快で,時宣を得ているということで大変好評である.今日は,さらにそのうえに光を与えるためのシンポジウムになるのではないかと考えている.このシンポジウムを十二分に活用してもらい,活発な意見交換を行ってほしい」
引き続き,三題の講演が行われた.
市場経済とわが国の医療
田中 滋 (慶応大学大学院経営管理研究科教授)
- 市場経済はわが国の根底にあるものであり,市場経済そのものを否定することはできない.しかし,何事にも市場経済を当てはめようとする市場経済原理主義は排除されるべきである.
市場経済とは資源配分のための一つの道具であり,役立つ時,役立つところに用いられるべきである.市場経済は,時として破壊的影響力をもつことがあり,うまく機能させるためにはそれを抑制緩和する安全装置が必要となるが,そのことには一切触れずに,医療に市場経済を導入しさえすればよいといっている人が多い.
昨今の国民の消費抑制・貯蓄率上昇は,社会保障への安心感の欠如が原因となっている.しかし,医療がマクロ経済への積極的貢献を行って,国民に安心感を与えれば,過剰貯蓄の防止,消費・雇用の拡大が可能となり,産業への良い波及効果をもたらすことができる.
これまでの日本の社会保障政策は,措置制度にみられるような社会主義的な一面をもっていたが,今後は自立支援と公平な負担に基づく社会保障政策を目指すべきであると考えている.
ヘルスケアと市場 ―アメリカからの教訓
ウイリアム・C・L・シャオ(ハーバード大学公衆衛生大学院保健政策管理学部教授)
- アメリカは,市場経済を医療の場に応用してきた唯一の国であり,この八十年間常に市場経済主導型でヘルスケアを提供してきた.しかし,アメリカでは,ヘルスケアに対して巨額の費用を投入しているにもかかわらず,主要先進諸国のなかでも最悪の健康状態の人々を抱え,人口の大部分が現行の医療制度に不満をもっている.また,四千六百万人もの国民が必要なヘルスケアを受けられず,さらに数万の家庭が割高な医療費支出に苦しんでいる.
WHOのワールドへルスレポートによれば,アメリカの医療の総合評価は三十七位.それに対して,日本は十位である.平均余命を比較しても,アメリカが七十六・五歳であるのに対して,日本は八十一歳となっている.この数値をみても,市場経済を導入したアメリカよりも日本の方が良い医療が提供されていることがわかる.
このような状況で日本の医療に市場経済を導入しようと考える人がいるならば,そうしなければならない根拠を示してほしい.医療のなかでは,市場経済はほとんどの部分で機能しない.市場経済を導入しようとするならば少なくともアメリカの状況から学び,それが本当に正しい選択であるのか考えてもらいたい.
市場原理主義の問題点
金子 勝 (慶応大学経済学部教授)
- 小泉内閣が推し進める「構造改革」は,残念ながら,デフレの原因を取り除くのではなく,むしろデフレを加速させる方向にわが国を向かわせている.すべての分野に規制緩和を押し付けようとするのは危険なことである.
日本が今,直面している問題は保険財政の赤字をどうすればよいかにつきており,医療費の高さは問題ではない.今日の医療費の高さと保険財政の赤字の問題はイコールではないということを認識すべきである.
経済学上では,株式会社は失敗することはなく,株式会社化すれば,すべてがうまくいくことになっている.しかし,実際には株式会社が失敗しないとは必ずしもいえず,医療分野に株式会社を参入させても,医療保険財政を立ち直らせることはできない.
今こそ,これまでの医療・介護についてみられたパッチワーク的な改革ではなく,抜本的な改革を行って,年金・医療に対する国民の不安を取り除くべきである.また,医師会が狭い自己利益でなく,社会的利益を主張し,医療の供給体制についてのビジョンを打ち出していくことも重要である.
パネルディスカッションに移り,二人のパネリストから特別発言が行われた.
植松治雄大阪府医師会長は,「市場経済では,価格を意思決定のシグナルとする需給者間の金銭取引による資源配分が行われており,供給者,需要者ともに敗北する可能性がある.これを医療に当てはめると,需要者(患者)の敗北は,最悪の場合,死に至る健康障害となり,許容することはできない」と強調した.
大道久日本大学医学部医療管理学教授は,「医療における資源配分は,市場経済に委ねるのではなく,医療のニーズに応じたものでなければならない.患者にどの程度の医療が必要であるかはきわめて医学的な問題であり,その判断は医師の基本的な責務である.医の倫理に基づいた医師の専門的判断は医療提供の基本であり,今後とも堅持される必要がある」とした.
パネルディスカッションでは,主に「市場原理と競争原理」「セーフティーネットと医療保険制度」「営利企業の参入」について議論が行われ,その後,フロアとの間で活発な質疑応答があり,シンポジウムは終了となった.
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