日医ニュース 第990号(平成14年12月5日)
視点 |
株式会社参入論の裏側 |
有史以来空前の高齢化社会を迎えた日本.加えて,一人ひとりの高齢者の保有する個人金融資産額の高さ(一千四百兆円)は,医療をビジネスとして捉える米国から見れば,よほど魅力的な市場として映るのだろう.市場原理に基づく米国型医療がいかに医療の本質から乖離してしまったか?に関しては,周知の事実であるにもかかわらず,政府や一部財界人が医療経営への株式会社参入に,異常なまでに固執する理由の一つには,米国からの圧力がある.
例えば,経済財政諮問会議や総合規制改革会議が推奨している医療特区,民間企業参入をはじめとする医療構想は,在日米国商工会議所の構想(二○○一日米ビジネス白書)と出口はまったく同一で,日米間の市場開放方針の一領域として医療が材料の一つに挙げられている.米通商代表部は,十月二十三日にメキシコのロスカボスで開かれているアジア太平洋経済協力会議において,医療分野の規制改革に手を焼く小泉政権にさらに露骨な圧力をかけてきた.米国企業の意見を盛り込んだとされる対日要望書には,「効率的な医療制度改革のための首相直属協議会」の設置を提言した.
ブッシュ大統領の最大の資金提供者として知られるリチャード・レインウオーターは,ピーター・リンチやジョージ・ソロスらと並び,米国における十七人の天才投資家(マネーマスターズ)の一人に数えられる資産家だが,彼の蓄財の手段は病院経営,医療株式会社である.彼は一九八七年にコロンビア・ホスピタルを設立後,ホスピタル・コーポレーション・アメリカ(HCA)や他の大手病院チェーンを次々と吸収合併・買収し続け,現在総病院数三百三十八,総売上百八十億ドルの世界最大の病院経営会社に仕立て上げた.全米最大の精神病院チェーン「チャーター社」倒産時には,株取引で巨額の利益を得るなど,医療株式会社の象徴的人物である.
かつてクリントン時代に,ヒラリーやゴアを中心に日本型医療をめざそうとする分析研究が盛んに行われた.彼らが日本型医療をあきらめたのは,「GDP比でみても無駄な医療費を使っているわけではない.過剰な負担なしに(必要な医療を)実現している日本型医療」の秘密が,医師たちの無償の奉仕がその原点にあるという結論に達したからだ.「医者は消防士と同じ.火があればそれを消すだけ」市場原理とはまったく違うある種の職業プライドに支えられた医療制度など,彼らには想像すらできなかったのである.
日本の伝統的な風土,文化に根ざした「私助,互助,公助」の精神が,わが国の医療保険制度を支える太い支柱であることに,日本の医療者はもっと誇りをもつべきである.