日医ニュース
日医ニュース目次 第1052号(平成17年7月5日)

「どうする日本の医療」 (6)

第26回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム(第2回・東京)より
日本の医療の危機―第2回―
鈴木  厚(神奈川県川崎市立川崎病院地域医療部長)

 政府とマスコミは,「国民医療費に占める老人医療費は現在三割だが,将来は六割になる」と盛んに喧伝し,高齢者に肩身の狭い思いをさせている.しかし,高齢者と若年者の一日当たりの医療費に大差はなく,病気になるリスクの高い高齢者が増えるから老人医療費が多くなるだけのことである.高齢者が多いことは社会が健全である証拠だが,政府は逆の宣伝に利用している.
 ある民間人が描いた「お神輿をかつぐ人の割合」というイラストがある.これによると,昭和二十五年当時は九・四人が一人の高齢者を支えていたが,平成十二年は三・七人,三十七年には二人で支えなければならない.この数値で国民の不安を煽り,政府は二つの政策を成功させた.まず,年金の支給開始を六十歳から六十五歳に引き上げた.年金受給額は月平均十七万円なので,五年間で一人につき一千万円程の違いが出ることになる.加えて,老人医療の対象が七十歳以上から七十五歳以上に変更され,八百万人が負担増になった.この二つの政策が反対も暴動もなく成立したのは,国民全体がこの数値にだまされたからである.
 実は,「お神輿をかつぐ人」は労働者ではなく,単に二十〜六十四歳の人口を表しているに過ぎない.今は昔と違い,六十五歳以上の就業人口が増加し,女性の労働力も高まっているので,労働者一人当たりの扶養人数はこの百年間ほぼ変わっていない.この正確なデータを厚生労働省が作成したが,政府は公表していない.今,生活が苦しいと感じるのは,少子高齢化のせいではなく不況だからであるが,若者が多かった五十年前よりは今のほうが生活水準は高い.日本の将来は暗いなどという政府の情報操作にだまされてはいけない.

国民皆保険制度の恩恵と限界

 厚労省と財務省は財政再建に反する国民医療費の増加を認めず,保険組合も医療費の支出を減らしたいと考えている.また,政府は国民に三割以上の負担をかけるのは無理と考えている.そのため,医療機関は診療報酬を下げられ,唯一削減できる人件費にしわ寄せがきており,医療従事者は過重労働状態にある.
 この窮地に陥った原因を,国民皆保険制度が限界に近づいてきたからだとして,その理由に,(1)かつては感染症がほとんどであった疾病構造が変化し,がんなどの治療が増加した(2)以前は治療法のなかった慢性疾患に膨大な治療費がかかる(3)病気のリスクの高い高齢者が増加した(4)治療の限界を家族も医師も了承しない(いわゆる終末期医療の問題)―などを挙げている.しかし,これらは医学の進歩が導いた当然の結果である.
 国民は,日本の医療は値段が高く世界最低と思っているが,実際はまったく逆である.また,昭和三十九年に執筆された『白い巨塔』が何度もテレビで放映され,医師は権威主義かつ金権主義だとまだ思い込んでいる.健康への関心は高いが,数々の医療事故により医療不信が生じ,医師よりも健康番組の司会者の言葉を信じてしまう.加えて,生命に関わる値段は無料だと思っている.
 マスコミは第四の権力といわれるように,国民への影響が大きいが,売れれば良いという資本主義の欠点を持っており,国民の受けばかりを狙っている.また,厚労省からもらった情報をそのまま記事にしているので厚労省に頭が上がらず,政府の間違いを正す社会の木鐸の役目を果たしていない.それらを棚に上げ,「弱者の味方」という仮面を被り,医療費の議論を医療機関の儲け話に,医療事故を医師・看護師の資質の問題にすり替え,魔女狩り的な医療バッシングの先頭に立っている.
 世界保健機関(WHO)が,平均寿命の長さ,乳児死亡率の低さ,安い医療費による高度な医療の提供,公平性とフリーアクセスが保たれていることから,日本の医療を世界第一位であると評価した(二〇〇〇年).しかし,肝心なことが抜けている.それは,日本の医療が世界最高なのは国民にとってであり,ひとえに医師・看護師などの努力のもとに成り立っているということである.手術をした日も徹夜で働いて,翌日また外来で診療するといった医師の現状を,国民にきちんと認識してもらいたい.

悪いところだけアメリカを手本に

図 日米の歳出比較

 アメリカと日本の歳出を比較してみよう(図).日本の社会保障費は二三%,その六割(全体の一四%)が医療費である.アメリカは,社会保障,公的医療保険(高齢者・障害者用のメディケア,低所得者用のメディケイド),その他の医療・福祉を合計すると五五%になる.また,イラクへ侵攻したアメリカの軍事費は一八%,それに対して平和憲法の日本が防衛費に六%使っている.アメリカは軍事大国と見なされているが,歳出の割合を見ると,むしろ福祉国家といえるだろう.日本政府はアメリカの医療をモデルに,株式会社による医業経営・混合診療などを取り入れようとしているが,福祉国家としての歳出については見習おうとしない.
 このような日本の医療費抑制政策では,(1)医療の質や安全性が確保できない(2)患者さんの自己負担が増えれば低所得の国民が,病院が廃院になれば周辺の住民が困る(すでに十年間で八%の病院が廃院あるいは外来のみに変わっている)(3)病院が不採算部門(救急,小児科,産婦人科)を切り捨て,利潤だけを追求すれば,医療難民が生じてしまう(4)医師・看護師は過重労働状態にあるが,書類作成など日々の業務は増える一方で,やる気が低下してしまう―といった医療の荒廃を招くことになる(表)
 医療に対する患者満足度は,世界一すばらしい医療を提供しているとWHOに評価された日本では三二%なのに対して,世界三十七位のアメリカでは七二%と患者満足度が高い.世界最高の医療を安い値段で提供しているのに,日本の医療従事者は一生懸命働いているのに,「なぜ!?」ということになる.

表 医療費抑制政策は医療の荒廃を招く
  • 医療の質,安全性が確保できない
  • 患者負担が増えれば,特に低所得の国民が困る
  • 病院が廃院になれば,周辺の住民が困る
  • 病院が不採算部門を切り離し,儲けを追求すれば,医療難民が生じてしまう
  • 医師,看護師などの医療関係者のやる気が消失する

医療は内なる生活を守る安全保障

 医療はなぜかサービス業に分類されている.サービスという側面は確かに大切だが,ホテルの快適性が値段に比例するように,質の高いサービスにはお金がかかる.しかし,医療従事者のボランティア精神によって何とか支えられているのが,医療現場の現状である.
 自衛隊には二十七万人の隊員がいる.平時,国内では訓練しかしていないが,国防や災害時などの安全保障のために必要な存在である.自衛隊が本来の活動をしていないことは,日本が平穏無事であることの証といえる.警察官二十六万人,消防士十五万人についても,彼らが働かずにすむ社会が理想的だが,国民の生活を守るためには不可欠だと,だれもが思っている.
 同様に,健康・生命を守る医師二十五万人,看護師百万人も,国民の内なる生活,身体を守る安全保障として考えるべきである.犯罪の増加により警察官が増員されたように,医療の質の向上と安全の確保を求めるならば,それ相応の費用をかけるのが当然である.
 医療を安全保障の一部と考えるなら,経済と連動して議論してはならない.「今は不景気だから医療費を抑える」という考えは間違っている.私たちの健康と生命を守る医療・福祉への支出を惜しまず,より良い社会をつくり上げるべきである.

このページのトップへ

日本医師会ホームページ http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association. All rights reserved.