日医ニュース
日医ニュース目次 第1072号(平成18年5月5日)

「新しい医学の進歩」〜日本医学会分科会より〜

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神経変性疾患の病態抑止治療法
〈日本神経学会〉

図 SBMAの病態とLHRHアナログ変異アンドロゲン受容体はテストステロンと結合すると核内に移行し,核内に集積して転写機能を抑制する.LHRHアナログはテストステロン分泌を抑制することにより変異アンドロゲン受容体の核内集積を阻害し,神経変性を抑止すると考えられる.
 神経変性疾患は,特定の神経細胞が変性,死滅する疾患であり,その治療は,パーキンソン病のL‐ドーパ療法やアルツハイマー病のアセチルコリン療法などのように,脱落した神経細胞の機能を補う補充療法が主流であった.しかし,この十年間の分子病態解明の進歩により,病態そのものの進展を抑止する分子標的治療の開発が実現可能なところにきている.その現状と将来展望について,球脊髄性筋萎縮症(SBMA)を中心に述べたい.
 SBMAは成人男性に発症する遺伝性の運動ニューロン疾患であり,緩徐進行性の球麻痺と四肢麻痺が主な症状である.病理学的には脳幹や脊髄の運動ニューロンの選択的変性,脱落が認められる.本疾患の原因は,アンドロゲン受容体遺伝子のグルタミン鎖をコードするCAG繰り返し塩基配列の異常延長であり,ハンチントン病や脊髄小脳失調症などと合わせてポリグルタミン病と呼ばれている.ポリグルタミン病では,この変異蛋白質が神経細胞の核内に集積し,神経毒性を発揮することが共通の病態と考えられている.
 ヒト変異アンドロゲン受容体遺伝子を導入したSBMAトランスジェニックマウスでは,神経症状が雌に比べ雄において重篤かつ急速に進行し,雄マウスに去勢あるいはLHRHアゴニストの投与を行ったところ,血清テストステロン濃度の低下に伴い変異アンドロゲン受容体の核内移行が抑制され,運動障害は著しく改善した().この結果から,テストステロン依存性の変異アンドロゲン受容体の核内集積がSBMAの病態の中心をなしており,同時に治療の標的になると考えられる.SBMA患者に対するLHRHアゴニストの第II相臨床試験を踏まえ,全国ネットの医師主導治験が立案され進行しつつあるところである.
 異常蛋白質の蓄積は,他の多くの神経変性疾患においても病態の鍵を握ると考えられており,薬剤による異常蛋白質の凝集抑制が治療法として注目されている.SBMAのほかにもハンチントン病に対する二糖類(トレハロース)や,アルツハイマー病に対する経口ワクチンなど,病態分子を標的とする治療法の研究が進められており,動物モデルにおける検討を経て臨床応用が進められようとしている.これら病態抑止治療法と,さらに将来的には,遺伝子・再生医療などを組み合わせることで,今後,神経変性疾患の克服が期待される.

【参考文献】
一,勝野雅央ほか:日内会誌,93: 1466-1472, 2004.
二,Katsuno M, et al.: Nat Med. 9: 768-773, 2003.
三,Waza M, et al.: Nat Med.11: 1088-1095, 2005.

(日本神経学会理事・名古屋大学大学院神経内科学教授 祖父江 元)

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