日医ニュース
日医ニュース目次 第1092号(平成19年3月5日)

NO.40
オピニオン

医療政策は専門家集団が主導せよ
近藤憲明(毎日新聞論説委員)

近藤憲明(こんどうのりあき)
 毎日新聞論説委員(担当は社会保障と政治).慶應義塾大学経済学部卒業後,毎日新聞社入社.政治部首相官邸キャップ,副部長,編集委員,福島支局長,世論調査室長などを歴任し,平成16年から現職.58歳.

 医師以外の有識者の方々が,日本の医療や社会保障についてどのように考えているのか,また,日医をどのように見ているのかを語ってもらうことを目的として設けたこのコーナーも,今回で40回目となった.
 今号では,マスメディアから近藤憲明氏に登場してもらい,意見を頂戴した.近藤氏のご意見は,日医に対する辛口の意見の代表的なものと思われるが,「開かれた日医」としては,厳しい批判や意見に対しても聞く耳を持っていたい.

 連想ゲーム風に言うなら,日医と聞けば私は故武見太郎さんを思い浮かべる.と言っても,その謦咳(けいがい)に接したわけではない.周りの人から,「あの人はすごかった」という話を聞くだけである.組織にとっては,功罪相半ばした人だという評価も耳にする.
 武見さんは,どんな風にすごかったのか.
 保険医総辞退のパフォーマンスもけた外れだったが,武見さんの権力の源泉は,深い学識と見識に支えられていたのではないかと,ひそかににらんでいる.
 ゴマをする気はさらさらない.日医に対する辛口の批評をしたいがために,往時茫々だが,武見さんのことを持ち出した.
 武見さんは,日医会長として,旧厚生省が設置した委員会や審議会の座長になることが多かった.当時の審議会関係者から聞いた話では,武見さんが理念や政策を語り出すと,行政マンや政治家,大学教授─など,だれも理屈で対抗できる人はいなかったという.世間的には名だたる大学教授も,武見さんがいったん話し始めると,それは「天の声」となり,「おっしゃるとおりです」とへつらっていたそうだ.
 もちろん,大物政治家がバックにいて,その政治的風圧も加わって,武見さんの発言に厚味を増したのだろう.与党政治家との付き合い方を見れば,容易に想像がつく.だが,その程度のことなら,日医の幹部になれば,だれだってやっているに相違ない.みんながやることをやっていただけでは,決して人を屈服させるような人物にはなれない.
 武見さんが,あれほど医療政策の決定に強い力を持ち,日医に君臨したのは,おそらく医療に対する熱い思い,医療政策に対する高い理念に支えられていたからではないのかと,勝手に想像している.

日医は昔の日医ならず

 武見さんは,よく言っていたそうだ.「医療政策はまず,専門家集団が主導して案を提示する.それを行政マンや政治家に見せ,より良いものに仕上げていく」と.医療のプロとしての強烈な自負と誇り,それを裏打ちする学識があってこそ,初めて口にできることだと思う.
 文化勲章を受章した経済学者の宇沢弘文さんも,「医療政策は,専門家集団が担うべきだ」と主張している.武見さんと宇沢さんは性格的には相入れないと思われるが,二人の碩学が言っていることは通底している.
 時代が移り,日医が国の医療政策に関与する部分はきわめて少ないし,残念ながら,その役割も期待されてもいないと言っては言い過ぎか? 武見時代と比べ,発言力の低下は覆うべくもない.政治の力学は非情で,行政機関も自民党も,日医を相談のパートナーと考えていない.集票マシーンとして,お付き合いはするだろうが,“日医は昔の日医ならず”なのだ.昨年の医療制度改革でも,日医の出番はほどんどなかった.比較的小さなテーマではジャブを繰り出すが,医療のマンパワーと金の配分という肝心の問題で,日医は全体ビジョンを示せずにいる.
 厳しい言い方になるが,日医が自らの権益の確保に汲々として,会員の加入率に悩むところは,労働組合の「連合」とよく似ている.
 なぜこうなったのか.
 武見太郎会長以後,個性的なリーダーが登場しなかったこともあろうが,それはどの組織にも共通しており,日医の影響力低下を属人的問題に矮小化すべきでない.組織論として語るべきであろう.
 傍から見ていると,お医者さんの一生は四十代ぐらいまで薄給の病院勤務で,睡眠時間を削るほど働き詰めになる.しかし,そこを辞めて開業医になると,これまでの分を取り戻そうとするかのように,金儲けに走る人を散見する.もちろん,私は立派なお医者さんもたくさん知っている.だが,ここでは話を分かりやすくするため,誇張してものを言うのをお許し願いたい.
 この状況は,高級官僚とよく似ている.官僚も現役時代は連日,日付変更線を超えて働いてくたくたになっているが,辞めた途端,天下りして,いくつかの法人を飛び歩く「渡り鳥人生」を送る.仕事は楽なうえ,退職金を多重取りして,若いころの不足分をそうやって補う.
 今の日医は,病院勤務医の占める割合がどうなっているか知らないが,かりそめにも開業医の代弁集団となるなら,自分で自分の首を絞めることになる.世間から目のかたきにされるような原因を,自分で作り出しているとは言えないだろうか.

今こそ医師会が救世主に

 具体論で,日医に要望したい.医師の偏在,とりわけ産科医,小児科医の不足が社会的問題になっている.なぜ日医が,この問題でリーダーシップを取ろうとしないのか.みんなが困っている,こういう問題こそ,日医の出番である.地域の中核病院に医師会が音頭をとって医師をプールし,必要に応じて派遣の差配を行う.医師の需給バランス調整を,官僚統制下に置いてはならない.医療の専門家集団が自主独立で行うべきことだ.かつて,この司令塔の役目は大学の医局がやっていた.教授の号令で若い医師はへき地に行かされていた.もう昔の医局制度にもどることはない.今こそ地域の医師会がコントロールタワーとして救世主になるチャンスである.
 同じ専門家集団である弁護士会と医師会の組織運営が,よく比較される.法律上のことはつまびらかでないが,弁護士は地域の弁護士会に所属しないと活動できない.中世のギルドのような強制加入の組織で,高い倫理と帰属意識が支配している.対して医師会は任意加入で自由開業制だ.義務は少なく,権利は多いように見える.どちらの方式がいいのか,日医内部で血のにじむ議論をしたという話を,私は寡聞にして知らない.

 今回の近藤氏からのご意見は,強烈な内容であるが,これを執行部にとっての叱咤激励と受け止め,今後も,全身全霊を傾けて,会務に取り組んでいく所存である.
(日医常任理事 中川俊男)

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