日医ニュース
日医ニュース目次 第1099号(平成19年6月20日)

「新しい医学の進歩」〜日本医学会分科会より〜

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日本気管食道科学会の最新の話題―機能と形態の温存を目指した医療
〈日本気管食道科学会〉

 気管食道科学は,内視鏡と共に進歩してきた.戦後,結核の治療用機器として導入された硬性内視鏡が,現在では電子内視鏡となり,局所を拡大した像,血管などを強調した像が得られ,この結果,咽頭・食道の内視鏡下手術により機能温存が得られるようになった.気管,食道,そして咽頭・喉頭は,呼吸と食物摂取という,さまざまな生命維持活動のなかでも最も基本的な役割を担っている.加えて本領域の疾患では,生命への直接的な影響のみならず,形態や機能の異常が,呼吸,発声,摂食などに重大な問題を生じ,人間がヒトらしく生活していく基本を著しく損なうことも多い.従って,この領域の機能温存治療は極めて重要である.
 反回神経麻痺は,本領域においては重要なトピックスである(図1).現在行われている反回神経麻痺に対する治療は,声帯位を内側に移動させて声門閉鎖を良くする手術が中心であり,動的回復を目的としている神経縫合や移植等の神経支配回復手術は,声帯運動回復の点では,ほとんど無効であるために普及していない.
 このような状況を踏まえて,声帯運動の回復を目指す研究が行われている.動物実験の段階であるが,末梢運動神経筋機構に対し再生促進効果がある神経栄養因子の遺伝子を,ラットの反回神経麻痺モデルに導入する遺伝子治療の研究が行われている.IGF-I遺伝子を喉頭筋に導入することで筋萎縮を防止できること,GDNF遺伝子やBDNF遺伝子を疑核に導入することで運動神経細胞死を防止できること,神経線維束に直接GDNF遺伝子を導入することで,神経伝導速度や声帯運動の回復率,軸索有髄化率が改善することが示されており,遺伝子治療が反回神経麻痺の新規治療法になる可能性が大きい.臨床応用される日も近いものと期待される.
 気道の再生医学研究は京都大学において,目的とする臓器で組織を再生させるという新しい概念に基づいて,自己組織再生型の人工気管が開発された.動物実験で安全性が確認され,この結果を踏まえ,気道の再生治療のヒトへの応用が開始されている.現在までに甲状腺がん気管浸潤,喉頭・気管狭窄症例に応用され,内腔上皮の再生が得られている(図2).再生医学研究のなかで気道の再生医療は臨床応用に到達した領域であり,日本発の治療技術と言える.
 本学会の扱う分野は,生命の根幹にかかわり,コミュニケーションに関与した疾患である.社会におけるコミュニケーション能力は国民,国家の財産である.それゆえ,これらの疾患を適切に診断・治療して社会に還元することは,医師としての責務であると思われる.学会として,この分野でのさらなる発展に努力したいと考えている.

【参考文献】
一,Shiotani A et al: Annals of ORL 116, 115: 2007.
二,Omori K et al: Annals of ORL 114, 429: 2005.

(日本気管食道科学会理事長・杏林大学教授 甲能直幸)

図1 喉頭麻痺の遺伝子治療   図2 気管の再生医療
 

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