日医ニュース
日医ニュース目次 第1100号(平成19年7月5日)

視点

保助看法と罪刑法定主義

 昨年八月の堀病院強制捜査事件を契機として,通達行政の違憲性が話題となっている.
 堀病院事件自体は,「産科において看護職員の内診が望ましいか否か」という,すこぶる技術的・行政指導的ウエートの大きい問題であり,これについては,関係諸団体が役割分担論・助産師不足対策として前向きに解決が図られているところである.
 しかしながら,純法務的観点から,これまで医療界が看過してきた慣例的な通達行政のあり方について,大きな疑問を惹起させる結果となった.その論点が「罪刑法定主義」違反問題である.
 罪刑法定主義とは,「いかなる行為が犯罪となり,それに対していかなる刑罰が科せられるかについて,あらかじめ議会が民主的に定める成文の法律をもって規定しておかなければならない」という近代憲法の原則をいう.「法律なくして刑罰なし」という法格言があるが,これがまさに罪刑法定主義の内容である.最高裁の判例でも,「罪刑法定主義違反は違憲」と明確に判示されている(昭和五十年九月十日最高裁判所大法廷判決).
 厚生労働省は,平成十四・十六年に国会審議を経ることなく,看護課長名で,唐突に,「看護師の内診行為が診療補助行為に当たらない」との通達を出した.診療補助行為でない医療行為を看護師が行えば,犯罪である.犯罪構成要件を国会に諮ることなく,行政が勝手に決めてしまうのは既述のとおり違憲だ.
 余談だが,前法務大臣が内診問題に関連して,「日本は法治国家です」と発言したとかしないとかが話題になっているが,法治国家であれば,まずは,日本国憲法の大原則である「罪刑法定主義」を厳守していただきたいものである.
 さらに,国会軽視というのも重大な問題である.
 確かに,看護職員が安易に内診を行うことから懸念される事象は否定できず,厚労省もそれに対して一つの見解をもち,行政指導などにより,一定の制限を加えること自体は許されることである.
 しかし,国民の人権を制限する刑事罰については,前述のとおり,罪刑法定主義という大原則があり,「この行為が犯罪行為だ」という「犯罪構成要件」は,国会で審議して決めなくてはならない.行政府の専断で決めるのは国会を愚弄するものである.
 保助看法解釈通達の問題は,たまたま,堀病院事件を契機に大きく取り上げられることになったが,このような前近代的な行政運営が厚労行政全体に蔓延していないか,その精査が必要だ.

(常任理事・今村定臣)

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