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第1100号(平成19年7月5日) |
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こころと脳機能の発達
〈日本小児神経学会〉
本学会はこれまで,子どもたちのてんかんや発作性疾患・神経筋疾患・代謝異常・変性疾患・感染症・免疫性疾患など,多方面にわたる分野で,研究,教育,社会活動に携わってきた.加えて,最近では,心身症,不登校,ADHD(注意欠陥・多動性障害),LD(学習障害),PTSD(心的外傷後ストレス障害)など,いわゆるこころの問題が社会的要請となり,本学会において少なからぬ部門を占めるようになったことは,現代の生活背景の急激な変化を考えると当然のことと言える.児童精神科領域とされてきたこれらの問題は,精神科や小児科の谷間にあり,その解明に向けて問題が山積している.
本学会では,「脳機能とこころの発達」の観点から,医学・生理学的にこころの問題を捉えようとする研究が進んでいる.例えば,「不登校」の脳機能には著しい医学・生理学的問題が潜んでおり,自律神経機能評価,生体リズム機能評価,中枢神経画像解析評価,神経内分泌機能評価,糖代謝評価など,さまざまな面からの検討がなされ,それぞれに診断や治療に向けてのデータ蓄積が展開され,臨床応用されるに至っている.
この背景には夜型グローバル生活があり,睡眠問題と直結しているが,睡眠問題は,アレルギー,生活習慣病,免疫,疲労,学力,引きこもり,そして発達に大きく関連しており,今後の重要研究課題と認識している.
ほかにも,こころの問題と呼ばれる,さまざまな疾患群(ADHD,LD,PTSDなど)への神経学的な取り組み,評価も進み始めている.なかでも,ニュースにならない日がないほど,日本でも増加した虐待に関する研究が興味深い.被虐待児には,さまざまなこころの問題が二次的に引き起こされることが分かっているが,その背景にある,脳の発達障害が明らかになってきた.
特に,十一歳以下で性的虐待を受けた子どもたちにおいて,一次視覚野容積が優位に減少しているのである.殊に左半球の舌状回(Brodmann十七野)と下後頭回(Brodmann十八野)において著明だった.これはヒトの視覚野の発達が十一歳までにほぼ完成することと一致するが,そのほかにも,海馬,脳梁,前頭前野など,それぞれの部位が特異的な敏感期を持っており,特異的な年齢時期に性的虐待を受けると,その部位の脳に異変をもたらすことが分かってきた.同様に,言語による虐待では両半球の上側頭回の容積低下が確認されている.
子どもたちのこころの問題と脳機能の発達は微妙に,そして強固に関連していることを基盤として,これからのこころの医学は進展していくと考えている.
【参考文献】
一, Gally JA, Edelman GM: Neural reapportionment: an hypothesis to account for the function of sleep. C R Biol 2004; 327: 721-727.
二,Spergel JM, Paller AS: Atopic dermatitis and the atopic march. J Allergy Clin Immunol 2003; 112 (6Supple): S118-127.
三,友田 明美:いやされない傷,診断と治療社,東京,2006.
(日本小児神経学会理事長・熊本大学大学院教授 三池輝久)
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