日医ニュース
日医ニュース目次 第1104号(平成19年9月5日)

「新しい医学の進歩」〜日本医学会分科会より〜

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失神の臨床診断
〈日本自律神経学会〉

 失神はありふれた症状であるが,一般日常臨床におけるその臨床診断は,必ずしも適切になされてはいない.失神は,しばしば「一過性脳虚血発作」と混同されているが,「一過性脳虚血発作」は,脳の局所的虚血による一過性の局所脳症状,すなわち一過性の麻痺,失語,感覚障害,失調や,一過性黒内障を指す用語であり,意識障害だけのものは「一過性脳虚血発作」ではない.
 したがって,失神の原因検索における脳の画像診断は,ほとんどの場合,何の役にも立たない無用の検査であるにもかかわらず,そのような高額な検査があまりにも頻繁になされていることは,医療経済上の大きな問題である.失神の原因のほとんどは,心律動異常か自律神経機能異常であり,脳病変によるものは,まれである.
 自律神経機能異常による失神の原因として,最近問題になっているものに,食後低血圧,ないし食後起立性低血圧がある.これは,炭水化物を摂取して約三十分から一時間ほどで,血圧が低下したり起立性低血圧が生じるもので,高齢者に多い.最も多いのは,休日の昼,家族や友人などと,外出先で炭水化物の多い和食をゆっくり取り,少量のアルコールを摂取して帰宅する途中,失神発作を生じて救急車を呼ぶというパターンである.
 このような患者を受けた救急病院では,しばしば真っ先に脳の画像検査が行われて異常なしという結果が得られる.このような失神の患者を診た場合には,まず体位による血圧の変動を見る必要があるにもかかわらず,そのような必要最小限のチェックがされることは,まれである.
 一般臨床家にとって,自律神経機能検査は,あまりなじみのないもののようであるが,失神の原因探索に欠かせないものの一つに,Head-up tilt試験がある.これは,電動式または手動式のティルト台(なければレントゲンの透視台で代用できる)を用いて,安静臥位から徐々に体を起こしていき,血圧と心拍の変化を見る試験であり,血圧維持のために最も重要な自律神経機能である圧受容器反射の働きを見るための,必要不可欠な臨床検査である.失神の原因検索には最重要な検査の一つであり,かつ安全で簡便であるにもかかわらず,保険で取り扱わないとの理由からか,日常的にはほとんど行われていないことは,きわめて残念である.日本自律神経学会では,このような大切な検査の保険収載が行われるよう,働き掛けている.

【参考文献】
一,Wilkinson I, Lennox G,岩田 誠,岩田 淳・訳:簡要神経学 第4版.メディカルサイエンスインターナショナル,173-180, 2006.
二,日本自律神経学会・編:自律神経機能検査 第4版.文光堂,129-133, 2007.
三,水牧功一:Head-up tilt testの適応.ハートビュー.8月号.32-39, 2002.

(日本自律神経学会理事長・東京女子医科大学神経内科主任教授 岩田 誠)

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