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第1128号(平成20年9月5日) |
刑事訴追の誤った仕組みを変えるために医師法第21条の改正と医療安全調査委員会設置の法制化を
平成十六年十二月に,福島県立大野病院で,妊婦が前置胎盤であったため,帝王切開を行ったところ,思いがけず,癒着胎盤であり,胎盤を剥離した後も,出血のコントロールが出来ず,母体死亡に至るという医療事故が起こった.そして,その一年二カ月後の平成十八年二月,医師法第二十一条違反容疑と業務上過失致死罪容疑で,担当医が不当に逮捕,拘留され,その後,起訴されるという福島県立大野病院事件へと発展した.
その後今日までに,事故が起こった状況から,病理学的検索等,詳細な検討が行われ,地方裁判所でのこの事件の公判は終わり,この八月二十日に無罪の判決が下された.
医療界は,この事件が起こった時,「医療事故死にまで拡大された,医師法第二十一条の異状死の警察への届出義務を,何とかしろ」と,一斉に抗議声明を出し,日医に第二十一条の改正を求めてきたが,その時の緊迫感は,二年経過した今日では,すでに萎え始めている感は否めない.
今,改めて,この事件の意味するところを思い出して欲しい.
この事件は,医療界を震撼させた.それは,(1)平成十六年の最高裁判決の結果,医師法第二十一条の異状死には医療事故死も含まれることになり,医療事故死に対する刑事訴追という誤った流れが出来上がった(2)医療の日常の診療行為の一つである帝王切開術での不幸な事故でも,真剣に医療を行っている医師が警官に,業務上過失致死罪容疑で,手錠をはめられ,逮捕拘留されるという,極めて不当な事件が起こり始めた─ことによる.
日医は,この事件を受けて,医師だけでなく,医事法学者,元検事長,刑法学者,弁護士と,医療事故に対する刑事訴追の功罪を論じ,刑事訴追の端緒となっている医師法第二十一条を改正し,警察に代わる届出機関として,第三者機関である医療安全調査委員会を設置すること以外に解決策はないことを提言した.さらに,厚生労働省では,この考え方を法制化するために,『診療行為に関連した死亡に係る死因究明等のあり方に関する検討会』を立ち上げ,今日に至っている.
今回の医師法第二十一条の改正や,医療安全調査委員会の設置は,医師だけの希望や,主張だけでは出来ない.刑法,刑事訴訟法の法律のなかで,刑事司法との調整なくしては,法制化はあり得ないだけに,法案大綱は,法務省,警察庁,そして,厚労省の合意のもとで,作成されたものである.
医師法第二十一条の改正と医療安全調査委員会設置法の制定は,医療の管理を刑事司法から職業的専門家集団である医療界へ取り戻す千載一遇のチャンスなのである.今こそ,福島県立大野病院事件が起こった後の不安,恐怖,緊迫感を忘れることなく,医療界の法的環境を整備し,健全で平安な気持で診療出来る環境を実現するために,医療界一丸となった支援をお願いしたい.
(常任理事・木下勝之) |