日医ニュース
日医ニュース目次 第1135号(平成20年12月20日)

平成20年度日本医師会医療事故防止研修会
医療安全を目指した医療事故への対応

 平成二十年度日医医療事故防止研修会が,「医療安全を目指した医療事故への対応」をテーマに,十一月二十四日,日医会館大講堂で開催された.
 福島県立大野病院事件に象徴される近年の刑事訴追の増加を背景として,新たな死因究明制度についての検討が進められるなど,医療事故をめぐる対応は注目を集めている.本研修会では,医療事故の開示をレジデント教育に取り入れている米国イリノイ大学における取り組みを中心に,有識者,大学病院医師,医師会員,弁護士がそれぞれの立場から講演し,フロアとの質疑応答が行われた.

平成20年度日本医師会医療事故防止研修会/医療安全を目指した医療事故への対応(写真) 研修会は,木下勝之常任理事の司会で開会された.
 冒頭,あいさつに立った唐澤人会長は,「医療安全の取り組みは,医療事故を予防し,医療事故を削減することを目標とすべきである」としたうえで,「万が一,医療事故が発生した場合は,院内の医療従事者間の対応だけでなく,患者や家族との適切な対応が不可欠であり,患者や家族との信頼の基本となる重要な要素を含んでいる」と強調.事故への対応は,将来の医療安全のための重要な課題だとした.
 つづいて,五題の講演が行われた.

医療安全の疫学

 第一部では,種田憲一郎国立保健医療科学院政策科学部安全科学室長が,「日本の病院は安全ですか? 〜医療安全の疫学〜」と題して講演.
 種田氏は,データを基に,医療事故の死亡者数が交通事故死亡者数の倍以上であるという推計や,国民の医療不信の高まりを背景とした医療事故についての新聞報道件数・訴訟の増加傾向を示した.
 一方,国立保健医療科学院の医療安全教育指導者研修の参加者を対象にしたアンケートでは,二〜三割が医療事故について内部告発を考えたことがあったとし,「起きた事故について,患者や家族に話せていないということは,医療機関の中でも共有されていないということ.それでは,事故の分析も再発防止も出来ない」として,失敗を自ら報告出来るような体制づくりを考えるべきだとした.

『沈黙の壁』を乗り越えて

 第二部では,ティモシー・マクドナルド イリノイ大学メディカルセンター安全・リスクマネジメント統括部長が,「米国における医療事故発生現場における対応〜『沈黙の壁』を乗り越えて,いかに安全文化を醸成するか」と題して講演した.
 マクドナルド氏は,医療事故情報を患者に開示することについて,「正直さを保つことが職員のモラルやモチベーションを向上させ,患者の心理的状態も良くなる」と強調した.
 そのうえで,同大学で導入している医療事故開示システムを取り上げ,ホームページ上のフォームや匿名のホットラインを設けて報告を促すとともに,調査チームによる迅速な判断,謝罪と情報開示,賠償,再発防止策の検討を行っていることを説明した.また,学内で研修医などに開示についての教育訓練を行うなど,意識改革に努めているとした.
 さらに,同氏は,実際にあった医療事故の対応例を紹介し,真摯(しんし)で一貫した説明と謝罪,補償により,被害を受けた患者や家族の理解が得られ,その後も通院が続いていることなどを紹介した.
 また,開示システムの導入により,弁護士費用や保険料の支払いが減っただけでなく,職場における文化が変わったことを報告した.

勤務医会員の立場から

 第三部では,鈴木明文秋田県医師会常任理事が,「小規模な公立の専門病院で医療安全推進を担っている勤務医会員の立場から」と題して講演した.
 鈴木氏は,自身が副病院長を務める秋田県立脳血管研究センターの医療事故防止の取り組みについて,全職員にインタビューする“院内キャラバン”を行って,ヒヤリ・ハット情報を収集するとともに,医療事故防止や安全推進のマニュアルを発行してきたことを説明.
 現在は,副病院長を室長とする「医療安全推進室」で,医療事故報告を受け,調査,対応などを行っており,スタッフは,日医医療安全推進者養成講座修了者などの医療職と事務職十七名で,そのうち一名は,専任のリスクマネージャーであると報告した.
 また,同センターにおける与薬に関する事故防止の取り組みや,実際に起きた医療事故の事例についての対応などを紹介.病院の体制として,報告すれば,病院の責任として対応し,病院から個人の責任を問わないことを約束するなど,責任追及ではなく,原因究明による再発防止策の策定を重要視しているとし,医療過誤を生じさせないための勤務環境の整備の大切さも強調した.
 このほか,当事者を支え,紛争に対応する体制を整えることが難しい小規模な病院や診療所に対する,医師会や公的機関の支援を求めた.

科学的原因・真相の「究明」を

 第四部では,安謙二安法律会計事務所弁護士が,「医療事故とその対応─刑事事件法廷からの報告─」と題して講演.
 まず,弁護を担当した大野病院事件が無罪判決となったことについて,医療界の支援に謝意を示したうえで,業務上過失致死傷罪について,「運転の速度違反などの危険な行為については過失だと判断出来るが,医療行為は,そのものが危険な行為であり,結果責任を問われかねない」として,不幸な転帰が業務上過失致死傷罪を成立させ得ることを指摘した.
 また,刑事裁判の仕組みを説明するとともに,適正な医学鑑定人を選任する難しさや,有罪率九九・八六%という刑事裁判の問題点などを挙げた.事故調査の在り方については,科学的原因・真相の「究明」と,個人の刑事責任を問う「糾明」は,制度や目的が異なることを強調し,司法における基本的な視点は,「糾明」であることを指摘.患者側に説明責任を果たし,医療現場にフィードバックするために科学的原因・真相の「究明」を徹底するなら,定義を定めたうえで刑事免責として調査に協力を求めるべきだとした.
 このほか,訴えられないための心がけとして,医療側と患者の認識の共有や,カルテ類の整理,ヒヤリ・ハット,クレームに学ぶことなどを挙げた.

大学病院の立場から

 第五部では,原田賢治東京大学医学部附属病院医療安全対策センター長が,「大学病院の立場から」と題して講演.
 原田氏は,同大学では医療安全教育として,(1)診療科・部への出前研修(2)講演会(3)実地検証・指導(4)ポケットマニュアルの作成(5)コンピューターネットワークによる伝達(6)医療安全DVDの作成(7)eラーニングの活用─を行っていることを報告.
 医療安全DVDについては,実際に映写しながら,薬剤取り違えなどエラーの起こりやすい状況について注意を喚起していることを紹介し,事故を未然に防ぐために,注射器や医療機器に警鐘シールを貼るなど,工夫しているとした.
 さらに,eラーニングシステムについては,院内ネットワークを利用したクイズ形式の問題集を用いており,一人ひとりの都合に合わせ,細切れの時間であっても医療安全のルールを周知出来る有効なツールだと説明した.
 また,医療事故調査報告書については,再発防止のための貴重な情報源となる一方,改善の取り組みが過失の指摘と誤解される恐れがあるとして,情報の伝え方について,事例ごとに検討を重ねる必要があるとした.
 第六部では,総合討論「医療安全を目指した医療事故への対応」が行われ,開示する家族の範囲や,刑事・警察との関係などについて,活発な質疑応答が行われた.出席者は,二百三十名.

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