日医ニュース
日医ニュース目次 第1154号(平成21年10月5日)

プリズム

楷(かい)の木

 今から二千五百年前,孔子が世を去ったとき,弟子たちは三年間喪に服した後に,全国の美しい木々を墓所に植えて,その地を離れた.これが,中国山東省曲阜(きょくふ)に今も残る七十万坪に及ぶ孔林である.
 高弟子貢は,さらに三年間墓を守り,楷の木を植えて別れを告げた.「子貢手植えの楷」は,すでに枯れて根元を残すのみだが,その子孫は多数繁茂して墓所を掩(おお)っている.
 このことから,楷の木は儒学の聖木として崇敬されてきた.漢字の書体の「楷書」の語は,この木に由来する.
 楷の木は,和名トネリバハゼノキ,ウルシ科の落葉高木で,雌雄異株,樹高二十メートル以上にも達し,豊麗で品格ある樹形を呈する.植物学者の牧野富太郎博士は「孔子木」と名付けた.
 中国原産のこの高貴な木が,わが国に齎(もたら)されたのは,大正四年,農商務省林業試験場長の白澤保美博士が,孔子墓所の種子を拾って帰り,播種育苗したのが最初である.
 苗は,各地の孔子廟等に配布され,現存するものでは,足利学校,湯島聖堂,閑谷学校,多久聖廟などが有名である.ことに備前市の閑谷学校の一対は,樹姿の見事さ,紅葉の美しさなどで抜きんでている.
 「医は仁術」という.日医の「医の倫理綱領」も,その現代的敷衍(ふえん)と見做(みな)すことが出来よう.「仁」は孔子思想の中核概念であり,自己抑制と他者への思いやり,などと言われる.
 孔子ゆかりの楷の木は,「仁」を通じて,医の倫理に深く関わりを持つと言えよう.現に,熊本大学医学部や川崎医科大学などには,楷の木があって,尊ばれているとのことである.

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