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第1187号(平成23年2月20日) |
平成22年度 医療政策シンポジウム
国民皆保険50周年を迎え未来に向けて議論
平成22年度医療政策シンポジウムが,「国民皆保険50周年〜その未来に向けて」をテーマに,2月2日,日医会館大講堂に約374名の参加者を集めて開催された.
高杉敬久常任理事の総合司会で開会.
冒頭,原中勝征会長は,「国民皆保険制度が五十周年を迎え,いかに大切なものかを再認識しており,国民が安心して生きていくために医療制度をどう維持するかが今後のテーマと考えている.日本も少子高齢社会に突入するなかで,皆さんと一緒に国民の将来,医療の将来を考え,世界に冠たる国民皆保険制度が続けられるよう努力していくので,ご協力願いたい」とあいさつした.
特別講演
引き続き,石井正三常任理事を座長として,特別講演「韓国医療の光と影」(文太俊韓国医師会名誉会長)が行われた.
文氏は,韓国が健康保険制度を一九七七年から段階的に導入し,一九八九年に全国民が適用対象になった当時の状況を説明.健康保険制度導入により,医療サービス利用が増加し,医療基盤の拡大,健康指標が向上したと述べた.一方,医療機関が自由選択となったことで,患者が大型病院へ集中し,「三時間待ち三分診療」と呼ばれる事態が発生.政府は外来自己負担率の調節により,大病院利用の是正を行ったが,容易ではなかったことなどが説明された.
さらに,文氏は,一九五八年に脳神経外科教授として活躍していたころを振り返り,十二歳の子どもに脳手術が必要と診断されたが,貧しく手術費用が払えないため,断念しなくてはならない状況で,文氏自身の費用負担と援助団体により手術が行われたが,その時,自分が何のために医師になったのか,患者に財政的な影がある限り,医師の価値はなくなるのかを考えさせられたと語った.それがきっかけで政界へ進み,韓国の厚生大臣として一九八九年七月一日にテレビ放送で,韓国の健康保険制度が全国民に適用となったと公表出来たことが韓国の光であると述べ,医師として,政治家として,光と影,両方を経験したと語った.
つづいて,中川俊男副会長を座長として,講演四題(一)「医療への市場原理導入論の三十年─民間活力導入論から医療産業化論へ」(二木立日本福祉大学教授,副学長),(二)「皆保険五十年の軌跡と我々が次世代に残した未来─再分配政策の政治経済学の視点から」(権丈善一慶應義塾大学教授),(三)「医療危機を乗り越えるために─改革はどうあるべきか」(田中秀一読売新聞東京本社編集局医療情報部長),(四)「日本の医療費水準と財源を考える」(遠藤久夫学習院大学教授・中央社会保険医療協議会会長)─が行われた.
新自由主義的改革の全面実施はあり得ない
(一)で二木氏は,それぞれの時代に公表された公式文書を基に,医療への市場原理導入論の展開と複眼的評価,導入論の顛末(てんまつ)を解説.
医療の市場化・営利化は,企業にとっては新しい市場の拡大を意味する反面,医療費増加をもたらすため,医療費抑制という『国是』と矛盾すると指摘し,これが全面実施を挫折させた経済的理由であると説明,民主党政権においても,新自由主義的改革の全面実施はあり得ないと述べた.さらに,日医を中心とする医療団体,医療機関には,「医療の公共性」を守る立場から,「一般営利企業の医療の中核部分への個別参入の阻止」だけでなく,「一部の医師や病院の営利的行動や単なる営利目的の企業化」にも厳しい監視の目を向ける必要があると指摘した.
二木氏は,客観的な将来予測と価値判断として,公的医療費の拡大による医療の質の向上と,医療へのアクセスの確保を行うためには,社会保険料を主財源とし,消費税を補助的財源として長期的な医療費財源を確保する必要があるとの見方を示した.
「社会保障費の削減と規制緩和」ではなく,「持続可能な中福祉」を
(二)で権丈氏は,国民皆保険制度では,患者負担を減らすために社会保障費は租税を用いていることを説明.しかし,租税は景気に左右されるため,医療費が租税に依存していることの危うさを指摘し,制度の安定性を考え社会保険料を財源とするべきとした.
さらに,日本の過去を表す特徴ある図として,GDP比国民負担率と六十五歳以上人口比率のグラフを用いて,日本は急速に高齢化率が高まっているなか,国民負担率が低い状況を説明.日本の未来は,社会保障機能強化のために,「社会保障費の削減と規制緩和」ではなく「持続可能な中福祉」を目指すべきだと主張した.
医師の計画配置を提案
(三)で田中氏は,医療を巡る重要課題として,(1)医師不足の解消(2)救急医療の危機とフリーアクセス(3)医療の質と安全の保障(4)医療情報の開示(5)医療の財源確保─を挙げ,それぞれの内容を説明.改革の基本的な考え方として,「医療は『安く』『良質で』『自由に受けられる』ことが求められてきた.しかし,この三要素が同時に満たされることはあり得ない」「医療のひずみは,社会保障費や国民医療費の行き過ぎた抑制政策のツケ」「医療は『公共財』.医療側,患者側とも,無制限な自由,無秩序な利用は許されない」と述べた.
さらに,医師不足,偏在の解消策としては,限定的に医学部を新設する案や,読売新聞の提案として,公的派遣機関を創設し医師の計画配置を行うという案を紹介した.
公費負担・保険料負担が増加したとしても,医療費へ十分回らないのでは
(四)で遠藤氏は,日本の医療費水準について,総医療費の対GDP比は低く,注目すべきは,指標の上昇率が先進国の中で低い水準であることだと説明.
さらに過去の社会保障費の部門別伸び率から,公費負担・保険料負担を増加させたとしても,年金や介護へ回り,医療費へ十分回らないのではないかと指摘した.
また,遠藤氏は,「医療費のありかたについてのアンケート調査」として,WEBアンケートの結果を示し,今後の医療費について,「利用の制限が進むのは良くないので,医療費負担が増加することは仕方がない(六四・九%)」「利用に制限を積極的に設けて,医療費を現状の水準にとどめる(二五・三%)」などの回答があったことを紹介した.
パネルディスカッション
その後,石井・高杉両常任理事を司会として,「五十周年を迎えた国民皆保険」と題したパネルディスカッションが行われた.
二木氏は,田中氏の講演から,社会保障費の抑制政策について,小泉政権時のマスコミは医療費抑制策に賛同していたと指摘.そのうえで,言論の一貫性を問い,当時の主張が間違っているのであれば訂正をするべきとした.
それを受けて,田中氏は,「当時は,社会保障が経済成長の足かせになるものだとの認識があった.医師不足などの医療危機が表面化し,社内でもそれが誤りであると認識し論調は変わってきている」と述べた.
会場からは,武見敬三日医総研特別研究員が,「中心の課題は,今後,どのような医療保険制度を構築するかということである.皆保険制度は,平等化の原則に基づき運用されてきた.医療給付の平等化と自己負担率の平等化,もう一つは保険料の平等化であるが,国民健康保険であっても地域により差が生じており,これをどう解決するかだ」と指摘した.
最後に,横倉義武副会長は,「本日の指摘は,大変重要で,我々は真摯に受け止めたい.日本の公的医療保険の在り方が問われているなか,医療提供者,患者さんに近い専門職として,どのようなメッセージを出していくかを考えさせられた」との総括を行い,閉会した.
本シンポジウムの詳細は,記録集(『日医雑誌』六月号に同封予定)を参照.
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