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第1261号(平成26年3月20日) |
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診察室から見える日本の社会
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医師は病気を診(み)るだけではなく,診療を通して人の生き方を看(み)る職業でもある.進学・就職,結婚・子供(ども)の養育,退職・親の介護などの人生の節目はその時々の社会状況に左右され,そこに生じる肉体的,精神的ストレスは想像以上に人の健康に影響を及ぼしているのを診療していて実感する.
見かたを変えれば,医師にとって診療時のコミュニケーションは日本の社会の変化を垣間見る窓口にもなっている.この三十年間日本は「狂乱のバブル期」,その後の「失われた二十年」,そして「世界がグローバル化しつつある現在」と時代は流れている.しかし日本の社会制度は経済力の衰退や人口構造の変化という国の実態に対応しきれていない.
診療の合間の会話で愕然(がくぜん)とするのは,企業の理不尽な人員削減策や時間外勤務やサービス残業が当たり前である前近代的な実態と,組織が決して個人の面倒を最後まで見ないという現実である.たとえ産業医として勤務体制の改善の意見書を出しても,企業側がコメントを遵守(じゅんしゅ)することはまずない.企業の人材アウトソーシング化は派遣社員に雇用の不安を招き,正規雇用者には過重労働を強いて,仕事効率と士気の低下を招いている.日本独特の単身赴任制度は家族システムを崩壊させる一因となっている.企業の経営効率化は若い世代の非正規雇用者を増やし,技術を習得することもなく転職する度にその社会的地位は生活保護などの社会保障制度に頼らざるを得なくなっている.
アベノミクスの手法はまず企業が潤いその結果国民が潤うという論法であるが,企業がもはや日本での生産拠点を海外へ移し,日本が既に成長期を過ぎ投資立国で成り立っている現在ではそのもくろみは外れてしまっている.何よりもこの流儀は国民目線でないのが致命的な弱点である.診療を通して見えるのは,経済成長ではなく,安心で愛情のある成熟した社会を求める人々の姿である.
(文)
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