日医ニュース
日医ニュース目次 第1280号(平成27年1月5日)

年頭所感
日本医師会会長 横倉 義武

年頭所感/日本医師会会長 横倉 義武(写真) 明けましておめでとうございます.会員の皆様におかれましては,健やかに新年をお迎えになられたこととお慶び申し上げます.
 昨年は各地で天候不順が続き,土砂災害や洪水,更には火山噴火等,さまざまな災害が発生致しました.地球の温暖化による天候不順や火山活動の活発化に対する今後の災害時における支援のあり方,被災された方々への医療提供体制のあり方について,更なる検討が必要であることを強く感じさせられた一年でありました.折しも,昨年八月一日,日本医師会は災害対策基本法上の「指定公共機関」の指定を受けました.今後,国・地方の防災行政における医療の位置づけの向上を図るとともに,災害医療コーディネート研修やJMAT体制の整備など大災害への備えについて強力に推進して参りたいと思います.
 世界に目を移しますと,エボラ出血熱の感染拡大を始め,混沌とするシリア情勢など悲惨な戦乱も続き,多くの尊い命が犠牲になっております.こうした報道に接する度に,人の生命と健康を守るために日々の医療に向き合っている多くの医師は,胸を締め付けられるような思いをされているのではないかと思います.特に紛争や戦乱については,日進月歩の医療によって多くの命が救われている現実が,「生命の大切さ,尊さ」について改めて考える契機とはならないものかと願わずにはおられません.
 明るい話題としては,昨年十月,ノーベル物理学賞に三名の日本人科学者が選ばれるというビッグニュースが飛び込んで参りました.今日,われわれが身近に接する電化製品を見るにつけ,青色LEDの発明とその実用化が,どれほど素晴らしい発明であったか,また,どれほど国民を勇気づけ,日本人としての自信と誇りをよみがえらせたか言葉では言い尽くせないほどの受賞であったと言えます.
 そして同じ月に,東海道新幹線が開業五十年を迎えました.これまでの乗客数は延べ五十六億人に上るとのことで,私も頻繁に利用する一人であります.開業以来,列車事故による死傷者はなく,また,車両の改善やスピードアップも続き,今や,全国の新幹線網は二千六百キロメートルを超えているそうです.社会構造に与えた影響は計り知れないものがあり,戦後,正にわが国の高度経済成長を牽引してきた代表の一つであると思います.
 高度経済成長を牽引してきたものとして,われわれ医療関係者が真っ先に思い浮かべるのは,これより三年早く五十年を迎えた国民皆保険(昭和三十六年制定)と呼ばれる公的医療保険制度です.国民皆保険は,戦後日本における,まだ発展途上であった昭和三十六年に,生活のインフラ整備のための相互扶助による保険制度として確立されました.決断された当時の政治家,経済界,労働界のリーダーの方々のご労苦と先見の明に対しましては,常々,深い尊敬の念を抱いております.その後,わが国は世界一の長寿国となり,また,二〇〇〇年にWHOが発表した世界各国における医療制度の比較では,健康寿命においても世界一になりました.これは日本の公的医療保険制度が極めて優れている証と言えるでしょう.そのベースには,お互いを助け合うという日本国民の特有の考え方がしっかりと息づいているのではないかと思います.現在,アメリカで盲腸の手術(一泊二日)をする場合,費用は二百万円以上かかると言われていますが,日本では三十万円,実際は保険適用により三割負担の九万円で済む現実をもっと多くの方々に知って頂く必要があります.
 昨年,私が参加しましたアジア大洋州医師会連合(CMAAO)の会議では,蔓延している多剤耐性結核の対策が大きな問題となっておりました.これには,日本のように国民皆保険体制が確立されていない状況も,その背景にあるのではないかと思っております.また,医療関係者に対する暴力が増えており,これに対し医師側はストライキ等の措置で対抗しているとの報告もありました.今日,日本においては,昭和三十六年に誕生した国民皆保険によって,医師も患者もお互いに納得できる医療提供体制が確立されている現実を改めて実感した次第であります.
 現在,わが国の医療界は,団塊の世代が七十五歳以上となる二〇二五年に向け,病床の機能分化と連携,在宅医療・介護の充実,医療従事者の確保と勤務環境の改善等により,地域の特性に応じた地域包括ケアの推進が求められております.本年四月には改正医療法に基づき,地域ごとに地域医療構想が策定されることになりますが,その前段階として地域医療構想策定のためのガイドラインづくりの協議が進んでいるところであります.地域医療構想はこのガイドラインが一つの指標となって策定されることになりますが,国が作成した一律のガイドラインのみに頼って策定されるべきではありません.あくまでも,各地域の実情に基づいた地域医療構想であることが肝要であると思います.
 その一方で,わが国の債務は一千兆円を超え,経済成長は伸び悩み,将来的に労働力人口の減少が見込まれています.これに加え,社会保障費は高齢化の進展に伴い,医療,介護等を中心に更なる増加が予想され,国家財政上の大きな課題となっております.今後も財政を緊縮しようとする立場から,規制改革や成長戦略の名の下に,公的医療保険給付の範囲を狭める圧力が続いていくものと思われます.
 われわれ医療提供者は,諸々の規制がない状況で自由に医療を提供したいという気持ちもありますが,年々,健康保険の財源が厳しくなる中で,超高齢社会の到来を迎え,限られた医療財源でいかに対応できるかという視点で考えると,ある程度の計画に基づいて医療を提供していかなければなりません.
 しかし,いかなる改革が行われようとも,医療という人の生命に直接関わる行為において忘れてならないのは「健康と安全」であり,これを守るためには適切な規制が必要となります.実際,医療における規制のほとんどは,人の生命と健康を守るための規制なのです.規制改革の名の下に,この社会保障の大きな柱である医療を市場原理に基づく自由競争に委ねるべきではありません.ひとたび自由競争に委ねれば,その安全性と平等性が揺らぎ,わが国の国民皆保険は崩壊の一途をたどることになります.真の国づくりは,国民が健康で安心して暮らせる「まちづくり」であり,医療はその根幹にあります.国家戦略において,成長戦略が極めて重要な政策であることに異論はありませんが,生命を預かる医療本体の産業化はふさわしくありません.年頭に当たり,改めまして,国民の健康を守るための規制については,その評価のあり方を粘り強く主張していかなければならないと痛切に感じているところであります.
 こうした厳しい社会経済情勢の中で,必要とする医療が過不足なく受けられる社会を構築していくためには,「かかりつけ医」を中心に地域の医師会と行政が主体となり,地域の実情を反映した,地域に即した形での「まちづくり」を進めていくことが何よりも重要です.その上で,生活習慣の改善対策や各種健診などの生涯保健事業を推進し,健康寿命を延伸させる等,時代に即した改革を進めながら,国民皆保険を堅持し,持続可能なものにしていかなければなりません.
 国民皆保険は,わが国の歴史と国民の固有の価値観に基づき,先人の工夫と努力の積み重ねにより築き上げられてきたものです.われわれは,国民の生命と健康を守るために,世界的に見ても少ない負担で満足度の高い,非常に優れた「国民皆保険」という貴重な財産を,地域医療提供体制を維持する基本的な仕組みとして守り抜き,次の世代に引き継いでいく義務があります.
 日本医師会は医師を代表する唯一の団体であり,決して医師の利益だけを追求する団体ではありません.「国民と共に歩む専門家集団」として,世界に冠たるわが国の国民皆保険を堅持し,国民の視点に立った多角的な活動によって,真に国民に求められる医療提供体制の実現に向けて,本年も執行部一丸となって対応して参ります.会員の皆様方の深いご理解と格段のご支援を賜りますようお願い申し上げます.
 新年が皆様にとりまして,希望に満ちた明るい年となりますことをご祈念申し上げ,年頭のごあいさつといたします.

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