日医ニュース 第870号(平成9年12月5日)
中医協・社会保険診療報酬の引き上げを要望
物価人件費の変動1.9%、技術革新1.4%
11月18日、日医は中央社会保険医療協議会に対し、「社会保険診療報酬の引き上げ要望について」を提出した。診療報酬改定は2年ごとに実施されており、来年4月実施を目途に、中医協での審議が開始される。糸氏副会長、菅谷常任理事は、同日の記者会見において、引き上げ要望の趣旨、および引き上げ幅の算定根拠について解説した。
糸氏副会長談
国民によりよい医療を提供していくためには、所要の診療報酬の引き上げが必要であると判断し、「2年ごとに改定」というルールに従って、本日の中医協総会で「引き上げ」要望書を、三師会委員連名の「国民により良い医療を提供するための診療報酬適正評価に関する要望事項」とともに提出した。現在、医療保険制度の抜本改革が課題になっており、医療保険福祉審議会において論議が始まっているが、今回の引き上げは、抜本改革とは別の視点から要望している。
第1は、物価人件費の変動に見合う引き上げである。人事院勧告や他産業での昇給などに徴しても、年に1〜2%程度の引き上げは当然の要求である。そこで、地方自治体病院の給与や消費者物価の変動を参考に算定し、所要率を1.9%とした。
また、「物」と「技術」の分離の視点に立って、医療の技術革新、および医学・医療の進歩(例えば、臓器移植など新しい技術の導入)に対応して適正な医療を提供するための「医療技術の進歩に対応した所要率」として1.4%を要求した。
従来は、薬価引き下げ分を潜在技術料として診療報酬改定に回すことが、診療、支払両側の合意で十数年間にわたって行われてきた。しかし、本来、「薬価の引き下げ」があろうとなかろうと、技術について必要な診療報酬引き上げは行われなければならず、その財源は別途に調達すべきものである。
われわれは、薬価差に依存する医業経営からの脱却をめざしている。そのためには、「物」と「技術」を明確に分離し、技術料を適正に顕在化して評価することが不可欠である。「物」については市場価格を導入しているにもかかわらず、技術については、まともな再評価が行われてこなかった。薬価差をなくすという動きを契機に、技術料については、薬価とは関係なく、独自に評価し、独自の財源で賄うというルールを確立していきたい。
菅谷常任理事談
物価人件費の上昇に対応する所要率1.9%ということは、すでに現在の診療報酬がその分だけ目減りしていることを意味する。したがって、1.9%引き上げることによって、やっと平常にもどり、スタート・ラインに立つわけで、この引き上げは、どうしても勝ち取らなければならないと考えている。
医療は、公共事業などと異なり、「金がないから待て」とはいえない分野である。医療と公共事業とを同一の次元で論じること自体が間違っている。3.3%は最低の要求であって、国が社会保障、医療保障に対して、どのように反応するかを見極めたい。最近、国民負担率が問題にされ、あたかも医療が国の財政を圧迫しているかのごとく喧伝されているが、それは事実ではない。ドイツやフランス、さらにはスウェーデンなどでは、日本よりはるかに高い負担率である。また、アメリカと対比すれば、日本の医療費はすでに40兆円を超えてもよいはずだが、それが27〜28兆円に収まっている。技術料を適正に評価することによって、薬価差はなくても、医業経営が成り立つように努力していきたい。
社会保険診療報酬の引き上げ要望について
平成9年11月18日
中央社会保険医療協議会
会長 工藤敦夫殿
中央社会保険医療協議会委員
糸氏英吉
菅谷 忍
宮坂雄平
田村武男
竹内 實
少子・高齢社会を迎える21世紀において、誰でも何時でも何処でもかかれる医療、アクセスのよい医療を確保し、国民が安心して生活できる環境を構築する国民皆保険制度を維持していくためには良質で適正な医療の提供こそ国民が望むものである。
その国民の医療ニーズに的確に対応することは、診療報酬のみで成り立つものではないが、医療提供側の医業経営が安定しないことにはその対応も極めて難しく、医業経営基盤の安定を図ることが必要である。
中医協は診療報酬改定に関するルール化を早急に決めるべきである。それが確立されていない現在、物価人件費等の上昇に対応する診療報酬引き上げ所要率を算定した。また、薬価差依存体質からの脱却を図るため、物と技術の分離を徹底し、技術料評価を重視する診療報酬体系のあり方を追求する一方、薬価算定の機構とルールの透明化を進め、薬剤費の適正化を強力に推進すべきである。我々としては医療技術を適正に評価をするために医療費の当然増のうち物に関するものを除いた医学医療の進歩を社会的適応させるため及び技術革新による医療サービスの向上を図るために、医学医療の技術進歩に対応した所要率を算定した。
したがって、次回平成10年4月の診療報酬改定は、現状の医療水準を維持確保するため、物価人件費の変動に対応するものとして1.9%、医療の技術革新及び医学・医療の進歩に対応し、適正な医療を提供するため、少なくとも1.4%、医科全体で3.3%の引き上げが必要である。
医師が安心して国民のために良質な医療を提供するため、特段の配慮を求めます。
国民により良い医療を提供するための診療報酬適正評価に関する要望事項
平成9年11月18日
中央社会保険医療協議会
会長 工藤敦夫殿
中央社会保険医療協議会委員
糸氏英吉
菅谷 忍
宮坂雄平
田村武男
竹内 實
斎藤憲彬
岡 邦恭
佐谷圭一
〔医科〕
T.基本的考え方
1.全ての国民に適正な受診を保障すること
2.安全で良質な医療を確保できること
3.医学・医療の進歩を社会的に適応できる制度であること
4.医療機関の安定的経営を保障するものであること
U.具体的検討事項
1.技術料中心の診療報酬体系の確立
(1)医師の基本技術に対する適正評価
(2)各診療科固有の専門技術に対する適正評価
(3)現行の技術評価算定方式の不合理是正
(4)その他必要事項
2.医療機関機能の明確化及び有機的連携の強化に対する診療報酬上の対応
(1)特定機能病院及び国公立病院の再検討(入院の機能を主に評価)
(2)療養型病床群及び老人病棟の再検討
(3)診療情報提供料の拡大と評価の確立
(4)病院と診療所の診療報酬体系の分離
(5)その他必要事項
3.地域医療の推進と積極的評価
(1)在宅患者に対する総合的医学管理の適正評価
(2)訪問診療、訪問看護の適正評価と訪問看護の積極的評価
(3)在宅患者の終末期医療に対する医学管理の適正評価
(4)かかりつけ医機能の積極的評価(特に診療所外来機能の積極的評価)
(5)その他必要事項
4.医業経営基盤の安定確保等
(1)医療機関の設備投資・維持管理費用に対する評価
(2)入院部門における医業経営基盤の安定確保
1)入院環境料と各種加算の引き上げ
2)看護料の引き上げ
3)老人比率のみによる老人病棟類別方式の再検討
4)老人病棟における介護体制の質の確保と適正評価
5)入院時食事療養費の引き上げ
(3)少子化に対応し、乳幼児医療を重視する診療報酬上の配慮及び義務教育期間までの給付率の検討
(4)不採算診療項目の適正評価
(5)その他必要事項
5.その他
(1)診療報酬点数表の整理並びに請求事務の簡素化(特に薬剤一部負担の見直し)
(2)指導大綱及び療養担当規則等の見直し
(3)週休2日制に対応した診療報酬上の評価
(4)感染症や危険物等ハイリスクの医療廃棄物処理に対する診療報酬上の評価(医療廃棄物、感染性廃棄物、X線フィルム処理廃液、ディスポ用品)
(5)デイ・ケア、ナイト・ケア、ショートステイの見直しと再評価
(6)リハビリテーションにおける理学療法、作業療法の見直しと再評価
(7)病院・診療所薬剤師の技術の適正評価
(8)診療報酬改正時における点数表の早期告示と周知期間の確保
(9)救急医療の評価の充実
(10)診療報酬算定のルール化
(11)人件費相当分の診療報酬の見直し(人事院勧告、物価上昇率、週40時間労働への対応等)
(12)老人保健施設の機能の再評価
(13)その他必要事項
物価・人件費等の上昇に対応する診療報酬引き上げ所要率の算定
経費項目 | 経済諸指標 | 上昇率% 2年度分 |
診療報酬引き上げ所要率 | ||
---|---|---|---|---|---|
病院 | 診療所 | 平均 | |||
医師技術料 | 地方公営 企業年鑑 医師給与 |
2.70992 | 0.13796 0.37386 |
0.24842 0.67320 |
0.17477 0.47361 |
看護職員の 人件費 |
地方公営 企業年鑑 看護職員 |
3.93884 | 0.24076 0.94832 |
0.10464 0.41216 |
0.19540 0.76965 |
その他職員の 人件費 |
地方公営 企業年鑑 その他職員 |
3.66758 | 0.13540 0.49659 |
0.16680 0.61175 |
0.14586 0.53495 |
医薬品費 | ・・・・ | 0.00000 | 0.21460 ・・・・ |
0.23072 ・・・・ |
0.21997 ・・・・ |
医薬品以外の 物件費 |
消費者 物価指数 (全国) |
0.40120 | 0.27128 0.10884 |
0.24942 0.10007 |
0.26400 0.10592 |
合計 | ・・・・ | ・・・・ | 1.00000 1.92761 |
1.00000 1.79718 |
1.00000 1.88413 |
注.診療報酬引き上げ所要率の欄の上段の数値は、病院、診療所、および平均における経費の構成比率を示す。