日医ニュース 第910号(平成11年8月5日)
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医学は科学である。しかし、医療は科学ではない。ただ、客観的に集積された証拠に基づく医療(EBM)は、限りなく科学に近づくことができる。それでも病状把握の正確性、過去に報告された論文の評価、個体間較差を考慮すると到底、科学にはなり得ない。一+一=二にはならないのが医療である。
最近、個々の医療の単一商品化(DRG)とEBMの推進により、費用の一律化と医療の質の向上を図ろうとする考え方が、わが国に導入されようとしている。これこそ、医療と医学の履き違えである。この履き違えに加えて、医療契約に品質管理を持ち込み、消費者契約法のような法をもって規制することも検討されている。医療現場に数限りない争いが持ち込まれることは必定である。
わが国の医療は、昭和三十六年に国民皆保険制度が実現し、この制度の下で現在に至っている。患者さんからすれば、保険料の支払い義務を課せられるかわりに、受診の権利を有し、この権利行使に対し、医師は医師法第十九条の規制により診療に応じる義務を課せられ、正当な理由なしに診療拒否はできない。つまり、科学になり得ない医療において、常に、百点満点の医療提供を求められる宿命を背負っている。
実際のところ、三分間診療もままならない現状で、症例ごとの論文検索を含めたEBMの実践を可能にするには、一人当たり診療時間を十分に割けるような医療保険制度の見直しと医師の増員が必要となるが、医療費高騰は免れない。
また、予測できない個体間較差については、医療過誤を回避するための方策、例えば、担当医師以外に知る由もない保身的医療もやむを得ないこととなる。さらに、カルテ開示や患者権利法等が法制化されれば、ますます医療現場は荒廃し、病人は著しい不利益をこうむることになる。医療費抑制のつもりが医療費高騰につながり、医療の質も量も低下する可能性がある愚策を、いったいどこの素人が考えているのだろうか。