日医ニュース 第925号(平成12年3月20日)
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1.医療を受ける人びとの人格の尊重
―インフォームド・コンセントの必要性
「人格を尊重する」というのは,医師と患者が上下の関係にあるのではなくて,すべての人間は対等であるとの認識を求めていることである.したがって,会話などの言葉遣いのなかにも,そのことが具体的に反映されなければならない.これは医師と患者が互いに人間としての価値を認め合うということであり,医師に卑屈になることを求めているのではない.医師は,専門職としての誇りを失わないことが重要である.
また,医師は医療の専門家として,これから行おうとする医療行為について自分の考えを患者に十分に説明しなければならない.そして,患者が医師の考えを受け入れない場合があっても,医師は患者に自分の考えを強いてはならない.反対に,患者の望む治療法を医師として受け入れられない場合には,医師は医療の専門家として自分の考えを十分に説明したうえで,患者の考えに同意できないことを伝え,可能であれば他の医師に紹介するべきである.いずれの場合にも,患者を軽んじてはならない.
健康の維持もしくは増進と,失われた健康の回復は,医師が患者に与えるものでも,患者が医師に要求するものでもない.それらはいずれも両者の協力によって築かれるものである.そのためにも,医師の側から十分な情報の提供と説明がなされ,患者の理解と同意(いわゆるインフォームド・コンセント)を得ることが不可欠であることはいうまでもない.
2.医療を受ける人びとの人権,自己決定権の尊重
すでに述べたように,医療におけるインフォームド・コンセントは,患者をはじめとする人びとの人権擁護と自己決定権の尊重に基づいて生まれてきたものである.とくに精神疾患患者や隔離を必要とする伝染病罹患患者への対応や,種々の臨床研究の場においては,このことに十分配慮する必要がある.また最近では,患者の知る権利をはじめとする人権に関する一般国民の要求と,その法制化を求める声も強くなっている.これらの具体的な内容については,世界各国でそれぞれ考え方に差異があるが,わが国においてもその対応について今後検討すべき課題は多い.
終末期患者への対応,さらに先端医療や生殖医療などの領域では,今後も引き続き検討していかなければならない倫理的,法律的,社会的諸問題も多く,患者の自己決定権のみでその行為を正当化できないのは当然のことである.
また,このような患者の人権擁護や自己決定権の尊重は,そもそも患者本人の問題であるが,わが国では家族の関与も大きく,現段階ではこのことも無視できない.すなわち,患者と家族は共同体であるとする考え方が強固に存在するからである.例えば,1997年に施行された『臓器の移植に関する法律』においても,脳死体からの臓器の摘出については本人の意思表示とともに家族の承諾を求めている.これらについては,欧米諸国と異なる傾向がみられる.
3.情報の開示と医師の守秘義務
近年,医療が透明性に欠けるとの批判や,患者の知る権利の要求,あるいは疾病障害を患者とともに克服するために医師-患者間の信頼関係を築き,より良い医療を実現する必要性などから,診療情報の開示が求められている.日本医師会では,このような情勢を踏まえて,1999年4月の代議員会で「診療情報の適切な提供を実践するための指針」を日本医師会の倫理規範の1つとすることの承認を得て,2000年1月1日からこれを実施している.診療情報の開示は,あくまでも患者に対するもので,第三者に対する公開ではないことに注意すべきである.したがって,診療情報の提供および開示に際しては,患者の秘密やプライバシーへの配慮も心掛けねばならない.
古代ギリシアのヒポクラテスの時代から,医師は患者の秘密を他人に漏らしてはならないことが医の倫理として強調されてきており,わが国では刑法によっても医師の守秘義務が定められている.もし,医師がこの規範を破るようなことがあれば,患者は医師に正直に自分の問題について話をしなくなるであろうし,医師と患者との間の信頼関係は崩れてしまうことになる.
最近では,報道機関からの情報公開の要求が強くなり,有名人の病状の説明や昨今の脳死体からの臓器移植をめぐる過剰な取材報道をみると,患者の秘密やプライバシーの保護について考えさせられるところも多い.医師は情報公開の流れのなかで,患者の秘密やプライバシーの保護について十分に配慮すべきである.
4.医師の応招義務
医師は患者の診察治療の求めがあれば,正当な理由がない限り,これに応じなければならない.この義務は『医師法』においても明示されている.
また,受持の患者に対しては,つねに対応しうる体制を整えておくことも大切である.このことは,医師-患者間の信頼関係を保つためにも重要なことである.
5.患者に心やさしく接すること
医師は人間愛に立脚してその職務を遂行するもので,患者を思いやり,患者に心やさしく接することが必要で,これは人びとを和ませ,安心させる言葉遣い,態度,行動によって具体化される.
とくに医療を受ける立場にある人びとは,自分自身の健康と生命に関して不安や怖れを抱いていることが多い.したがって,患者との対話にあたっては言葉の使い方のみならず,眼差しや態度,行動などにも注意を払い,患者の心理をよく理解して,不安や怖れを与えることのないように努める必要がある.医事紛争の多くが,患者との対話不足や感情のもつれから生ずるものであることを十分に留意しておく必要がある.