日医ニュース 第1001号(平成15年5月20日)

SARS
感染拡大阻止に向けて

 中国を中心に感染拡大が続く新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)は,現在のところ,わが国での発生はみられていない.しかし,先日出された北京在住の日本人留学生に対する事実上の帰国勧告によって,わが国の患者発生への懸念は拭い去れない.そこで,五月八日現在の状況について,日医感染症危機管理対策室の櫻井秀也常任理事に聞いた.(聞き手・羽生田俊常任理事)

Q&A 1
 
SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)の症状はどういうものですか?

 WHOの症例定義(五月一日WHO改訂)では,「二〇〇二年十一月一日以降に,(1)三十八度以上の急な発熱,(2)咳,呼吸困難などの呼吸器症状を示して受診した患者で,かつ,(1)発症前十日以内に,原因不明の重症急性呼吸器症候群の発生が報告されている地域に旅行,または居住していた者(2)発症前十日以内に,原因不明の重症急性呼吸器症候群の症例を看護・介護するか,同居していたか,患者の気道分泌物,体液に直接触れた者,のいずれかを満たす者」を「疑い例」としています.
 さらに,「疑い例」のうち「(1)胸部レントゲン写真で肺炎,または呼吸窮迫症候群の所見を示す者(2)病理解剖所見が呼吸窮迫症候群の病理所見として矛盾せず,はっきりとした原因がないもの(3)SARSコロナウイルス検査(PCR検査,ウイルス分離,抗体検査)の一つ,またはそれ以上で陽性となった者」のいずれかの条件を満たす者を「可能性例」としています.
 「疑い例」「可能性例」,いずれの場合も直ちに保健所に届け出てください.

Q&A 2
 
原因と感染経路は分かっているのですか?

 現在のところ,すべてが解明されたわけではありませんが,SARSの原因となる病原体として中心的役割を果たすのは,新型のコロナウイルスと考えられています.
 感染経路としては,空気感染も否定できないものの,主要な感染経路は,飛沫感染,接触感染と考えられています.
 なお,「空気感染」とは,「感染性の病原体が空気媒介飛沫核となって長時間空気中に浮遊し,空気の流れにより広く拡散し,吸入により感受性のある者に感染する」感染様式であり,一方,「飛沫感染」とは,「咳,くしゃみ,会話の際に,感染源となる患者より発生する病原体を含む飛沫粒子が感受性のある者の気道に感染する」感染様式です.飛沫感染の場合は,飛沫粒子は空気中を浮遊せず,通常約一メートル程度までしか飛ばないと考えられていますので,飛沫感染はそれ以上密な接触をする場合に起こると考えられます.

Q&A 3
 
SARSの伝播確認地域とはどこですか?

 WHOが五月七日現在,報告されていると示した地域は,トロント(カナダ),北京(中国),広東省(中国),香港(中国),内モンゴル自治区(中国),天津(中国),山西省(中国),台湾,ウランバートル(モンゴル),フィリピン,シンガポール(シンガポール)です.
 なお,伝播確認地域は,WHOホームページ上で適宜更新されています.

Q&A 4
 
SARSが疑われる患者さんが来院したときどうすればいいですか?

 医療機関外来における他の患者さんへの本症候群の感染防止を徹底するため,流行地域からの帰国者が医療機関を受診する際には,医療機関に事前連絡のうえ受診するよう,帰国時に周知しています.
 医療機関が帰国者から受診の事前の連絡を受けた場合,(1)診察順の繰り上げ等により,待合室での待ち時間を可能な限り短縮させる(2)一般の外来患者とは別の部屋で待機させる(3)マスクを着用させる,等感染防止に配慮するようにしてください.(別記事参照

Q&A 5
 
診療する場合はどうすればいいですか?

 診療に当たる医療従事者は,飛沫感染および空気感染に対する予防策をとり,N95マスク(なければ外科用マスク)を着用してください.
 まず,(1)発熱(2)咳または呼吸困難感(3)伝播確認地域への発症前十日以内の旅行歴または居住歴があるか確認してください.
 これらの三点をみたす「疑い例(Suspected case)」であると考えられた場合には,速やかに胸部レントゲン撮影,SARSコロナウイルス検査(PCR検査,ウイルス分離,抗体検査),血球検査(CBC),生化学検査およびインフルエンザ等の可能な迅速病原診断法を行います.この対応がとれない医療機関においては,直ちに保健所に連絡をします.

Q&A 6
 胸部レントゲン写真に異常所見がない場合は,どうすればいいですか?

 マスク(外科用または一般用)着用,手洗いの励行等の個人衛生的な生活に努め,人ごみや公共交通機関の使用をできるだけ避け,回復するまで自宅にいるよう指導してください(これまでの知見では,有熱前駆期での感染の危険性は,肺炎期に比べて低いと考えられています).また,呼吸器症状が悪化すれば直ちに医療機関に連絡したうえで受診するよう指導し,帰宅させてください.
 帰宅させる際は,患者さんに,「発熱後三日程度で症状が軽快した場合は,SARSの可能性は少ないと考えられるが,念のため医療機関を再受診し,医師の判断を仰いでください」と説明してください.

Q&A 7
 胸部レントゲン写真で肺浸潤影を認めた場合はどうすればいいですか?

 胸部レントゲン写真で,片側,または両側性の肺浸潤影を認めた場合は,「可能性例」として対応し,特定感染症指定医療機関のほか,第一種感染症指定医療機関等の都道府県知事が適当と認める病院において治療(入院を原則)を行います.SARSの可能性例に対する院内感染対策は,日医ホームページの重症急性呼吸器症候群(SARS)管理指針を参照してください.
 特定感染症指定医療機関は二カ所(市立泉佐野病院,国立国際医療センター)が指定されており,第一種感染症指定医療機関は,十三医療機関二十四床が指定されています(五月六日現在).第一種感染症指定医療機関がない道府県は,都道府県知事が適当と認める病院を指定し,医療提供体制の確保することとしていますので,都道府県に確認してください.
 患者の搬送については,救急車の出動等,行政対応となりますので,保健所等と相談してください.

Q&A 8
 
流行地域からの水際対策はどうなっていますか?

 中国から本邦に到着する航空機すべてについて,質問票と「健康カード」を必ず配布しています.回収された質問票の記載内容に「発熱,のどの痛み,激しいせき,呼吸困難」のいずれかの欄に該当する旨の記載がされている場合は,健康相談室にて医師の相談を受けるよう奨めています.健康相談の際,報告基準に該当する場合は,国に報告するとともに,特定感染症指定医療機関,第一種感染症指定医療機関,その他の検疫所長が適当と認める病院に搬送することとしています.

Q&A 9
 マスクの感染予防効果はどうですか?

 感染源となるSARS患者と接触する機会が少ない一般の人においては,便宜的な方法として花粉症やインフルエンザの予防に用いられている通常のマスクの着用が,十分とはいえないものの飛沫感染予防の効果があり,実際的な方法であると考えられます.また,手洗い,うがいの励行等の予防策についても併せて実施することがSARS感染を予防するうえで重要です.
 なお,N95マスクは,医療現場において患者に濃厚に接触する医療従事者等が,特殊な場面での使用のために製造されているものであり,日常生活で一般の人が用いるには,呼吸が苦しくなり,実用的ではありません.

Q&A 10
 
現在までに,世界では何例の患者が報告されていますか?

 五月七日現在,WHOによれば四百九十五例の死亡者を含む六千九百三例の可能性例が報告されています.ただし,報告された可能性例のすべてがSARSと証明されたわけではありません.

Q&A 11
 
SARSについての情報は毎日変わっているようですが?

 そのとおりです.SARSについての最新の情報や都道府県医師会等にあてた通知は,日医ホームページ(http://www.med.or.jp/)に掲載しています.また,WHO(http://www.who.int/),厚生労働省の関連ページ(http://www.mhlw.go.jp/)にもリンクしています.


日医ニュース目次へ