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第1004号(平成15年7月5日) |
SARSに対する医療体制の整備
日医感染症危機管理対策室長
日医常任理事 雪下 國雄
<はじめに>
WHOの最新の報告によると,6月25日現在,重症急性呼吸器症候群(SARS)の死者は,10カ国808人,可能性例を含む感染者は33カ国8,460人にも達している.
ようやく,その感染ペースは鈍化し,中国広東省と香港への渡航延期勧告も解除され,一見沈静されたかのようにも見えるが,まだ,予防・治療方法が確立されていない現状では,まったく予断は許さない.
生物兵器テロによる天然痘ウイルス等の予告なしの散布や,患者の潜伏期での入国時と同様,自覚のないSARS患者の初診の対応は,多くの場合,第一線の診療所で当たることが多い.したがって,無防備での対応が,医療関係者に二次感染を起こし,院内感染や外来患者の感染拡大につながることが少なからず予測される.
<初期の外来診療の対応状況>
医療側のSARS対策としては,診療・治療体制の整備と感染拡大防止への対応が,まず要求される.そのためには,初期診療対応医療機関の整備と,感染症指定医療機関・一般医療機関(病院・診療所)との連携体制の構築が大切で,その現状を把握する目的で,アンケートを実施した.調査は,5月23日,6月3日の2回実施し,47都道府県医師会よりもれなく回答を得た.(複数回答)
●一般市民からの初期電話対応
電話による初期対応を受けている機関としては,保健所が46都道府県でほぼ全域,次いで,一般医療機関が31都道府県で対応している.その他,特定の医療機関は17都道府県,行政窓口は14都道府県と意外に少ない.
●外来初期診療受け入れ医療機関
感染症指定医療機関(特定,第一種,第二種)のみで対応しているのが12県.一般医療機関が外来診療受け入れ医療機関として参加しているのが25都道府県と多い.特定の医療機関を指定していない県が8カ所ある.
●外来初期診療受け入れ医療機関の種類と数
外来初期診療受け入れ医療機関は,総数では527カ所あり,単純計算では二次医療圏に1〜2カ所あることになる.市町村立が131カ所と一番多く,その他の公的病院(日赤・済生会・厚生連・労災病院等)が106カ所,県立66カ所,国立48カ所と,いわゆる国公立病院が3分の2を占めるが,民間病院等も60カ所参加している.大学病院は32カ所のみである.
●外来診療受け入れ医療機関の公表
市民に公表している所が30カ所,公表していないが医師会で把握しているのが12カ所,医療機関に知らされているのが5カ所ある.まったく公表していないのが2カ所ある.北海道と愛知県では地域によって公表の方法が異なる.
●一般医療機関での感染予防体制の整備
医療機関が独自に対応しているのが42カ所と大部分を占めている.都道府県医師会が対応しているのが9カ所ある.都道府県が補助金を出しているのはわずかに1県(島根県)のみで,国立以外のSARS入院受け入れ病院に補助金を出している.
多くの都道府県医師会では,ポスターを作成・配布したり,SARSの研修会を開催している.また,マスクを確保している都道府県医師会もある.
<感染症指定医療機関の現状>
厚生労働省(5月6日現在)によると,各都道府県に設置し,必ず陰圧病床を常備することが定められているはずの第一種感染症指定医療機関は,現在10都府県,13病院24床のみで極めて少ない.
SARS入院医療機関として指定確保したものの,陰圧病床をまったく持たない県が7県あり,結核病床や簡易陰圧ブース等を設置する等対応が急がれている.
<日本医師会のSARS対策>
1)SARSが疑われる場合の対応
(1)電話相談の指示
38℃以上の発熱やせき・息切れがあり,10日以内にWHOの指定する流行地域から帰国したか,または10日以内にSARS患者と濃厚な接触があった患者は,必ず事前に最寄の保健所あるいは医療機関に電話で相談し,指示を受けること.
*一般医療機関(病院・診療所)の参加
*疑い例の徹底・周知(自治体,保健所,医療機関よりの広報活動)
(2)初期対応医療機関の紹介
電話相談を受けた医療機関は,初期対応医療機関を紹介し,受診をすすめる.
*少なくとも通院可能な地域(二次医療圏)に1カ所以上の初期対応医療機関を整備・指定する.
*初期対応医療機関を紹介すれば,感染拡大を防ぐ正当な対応で診療拒否にはならない.
2)知らずに来院した患者の中でSARS(疑い例・可能性例)を診断した場合
(1)外来来院患者名簿の作成(経時的)
外来患者の来院名簿を経時的に整備し,接触者の確認と10日間のフォローを実施
(2)患者を個室へ隔離し,保健所へ報告
(3)診療側の対応
二次感染の拡大防止に努力
*消毒(アルコール,漂白剤<次亜塩素酸ナトリウム>等の使用)
*防御(マスク,手袋等),エアコン中止
*接触医師・看護師等の健康管理
<国への要望>
日医では,生物兵器テロ対策等に対する要望として,(1)第一種感染症指定医療機関の早急な整備(2)搬送体制の整備(3)P4施設の整備―を強く申し入れてきたが,一向に進んでいない.
あらためて,次の要望を強く申し入れたい.
(1)全都道府県への第一種感染症指定医療機関の早急な整備
(2)感染症患者の搬送体制の整備
(3)P4施設の整備
さらに,SARS対策として,
(4)ワクチンや診断キットの早期開発・製造
(5)対応民間医療機関への保障・補助
重症急性呼吸器症候群(SARS)に対する診療提供体制について
平成15年6月3日(火)現在の状況(複数回答)
I .一般市民からの初期電話対応
- 保健所で対応……46
- SARS独自の行政窓口で対応……14
- 感染症指定医療機関等特定の医療機関で対応……17
- 一般医療機関で対応……31
II .外来診療受け入れ医療機関
- 感染症指定医療機関(特定,第一種,第二種)で対応している……12
- 感染症指定医療機関(特定,第一種,第二種)と,外来診療受け入れ可能医療機関で対応している……25
計 527カ所(未公表84)
その内訳
a.国立病院 48カ所
b.県立病院 66カ所
c.市町村立病院 131カ所
d.日赤,済生会,厚生連,労災病院等病院 106カ所
e.大学病院 32カ所
f.その他民間病院等 60カ所
- 特定の医療機関に集中させる方法はとっていない……8
- その他……3
III .外来診療受け入れ医療機関の公表
- 市民に公表している……30
- 市民には公表していないが,医療機関に伝えている……5
- 公表していないが,都道府県(地域)医師会では把握している……12
- 公表していないし,都道府県(地域)医師会でも把握していない……2
IV .一般医療機関での感染予防体制の整備
- 都道府県(行政)がマスク等を支給している……0
- 都道府県(行政)が補助金を出している……1
- 都道府県医師会として対応している……9
- 医療機関が独自に対応している……42
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