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第1077号(平成18年7月20日) |
社会保障費の伸びと国家財政悪化は相関せず
「骨太の方針」を批判

政府は,七月七日に,歳出・歳入一体改革に向けた取り組みを盛り込んだ「経済財政運営と構造改革に関する基本方針二〇〇六」(いわゆる「骨太の方針」)を閣議決定した. これに対し,日医は,同日,唐澤 人会長名で,声明「『骨太の方針二〇〇六』の閣議決定を受けて」を発表.「骨太の方針」に対する日医の考えを明らかにした.
唐澤会長は,声明のなかで,二〇一一年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目指すために歳出の削減を図るとしていることについて,「医療・介護の分野では,その内容が給付費の抑制一辺倒になっている」と強い不満を表明.
さらに,「社会保障費の増大が国家財政悪化の原因とする考えは誤りである」と指摘し,社会保障費を削るよりも前に,特別会計のなかに隠されている公共事業費などの部分に厳しく切り込むべき,との考えを示した.
また,社会保障費の安定財源を確保するために消費税を引き上げ,目的税化するという考えには消極的な姿勢を示し,まずは公的年金の積立金の運用の見直し,保険料の事業主負担の引き上げなどを行うべきと提案.消費税の引き上げは,「あらゆる手段を講じ」た後の最終手段に位置づけられるべきだとした.
これまでの日医の対応
歳出改革の方策が検討される際に,当初は,「保険免責制の導入」「混合診療の適用拡大」「後期高齢者の患者負担引き上げ(一割→二割)」「薬剤給付範囲の見直し」など,四つの具体的な項目が検討課題として挙げられていた.
これに対し,日医では,各都道府県医師会あてに,地元選出の与党国会議員に断固反対の陳情するよう要請.
それと同時に,唐澤会長自らが,竹嶋康弘・宝住与一両副会長とともに,川崎二郎厚生労働大臣等,政府・与党幹部を訪問.削減案は絶対に容認できないことを申し入れるとともに,その問題点を説明してきた(この結果,四項目は日医の主張どおり,「骨太の方針」には盛り込まれなかった).
また,六月二十七日には,中川俊男常任理事が,記者会見を行い,(1)国債の発行残高と社会保障関係費の増加額は全く関係がないこと(2)消費税の引き上げ分を社会保障目的税化するという議論は,消費税導入の際にも使われていたが,すぐに一般財源化される可能性もあり,消費税を引き上げるまでもなく,約百五十兆円の年金積立金の運用次第で相当の年数の財源が賄えること─など,日医の考えを明らかにしていた.
今回出された声明は,「骨太の方針」が閣議決定されたことを踏まえて,改めて日医の考えを示したものである.
<医療における歳出改革の具体的内容>(「骨太の方針」より抜粋)
- 今回の医療改革により,医療給付費のための保険料・税負担について,足下の期間では相応の抑制が実現した.しかしながら,それでもなお,経済の伸びを上回って給付費が増大することが見込まれており,保険料・税負担も増大していくものと予想される.
- 中期的な視野に立って,医療保険制度の持続可能性・安定性を確保し,現役世代の負担が過度のものとならないようにしていくためには,更なる改革が不可避であり,2011年度までの間には,更なる給付の重点化・効率化に取り組むことが必要である.
- 具体的には,医療保険制度改革の直後であることも踏まえ,今後5年間の幅の中で,公的給付の内容・範囲及び負担と給付の在り方,並びに救急医療,小児・産科などへの対応を含めた診療報酬の在り方,後発品の使用拡大など薬剤費の在り方について見直しを行う.
○また,上に述べた分野別の見直しに加えて,社会保障番号の導入など社会保障給付の重複調整という視点からの改革などについても検討を行う.
○以上のような取組を通じ,過去5年間の改革(国の一般会計予算ベースで▲1.1兆円(国・地方合わせて▲1.6兆円に相当)の伸びの抑制)を踏まえ,今後5年間においても改革努力を継続することとする.
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「骨太の方針」の内容
「骨太の方針」は,小泉純一郎首相からの諮問を受けて,経済財政諮問会議が取りまとめたものであり,経済成長と財政再建を両立させていくための中長期的な方向性が示されている.
今回の方針では,国と地方を合わせたプライマリーバランスを二〇一一年度に黒字化させることを目指して,少なくとも十一・四兆円以上の歳出削減を行うことを明記.また,それを実現させるために必要な分野別の削減目標が示されたことが大きな特徴となっている.
社会保障に関しては,今後も高齢化の進展等に伴い,社会保障給付費の大幅な増加が見込まれることから,一定程度の歳出の抑制は避けられないとし,今後五年間で国と地方を合わせて一・六兆円規模の歳出削減を行うとされた(医療に関する具体的な削減策は別掲).
一方,その財源については,国民が広く公平に負担し,かつ経済動向等に左右されにくいものにする必要があると明記.消費税については,「社会保障の財源として明確に位置付けることについて選択肢の一つとして検討する」としているが,その引き上げ幅や引き上げの時期は示されなかった.
平成18年7月7日
日本医師会長 唐澤 人
「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」(骨太の方針2006)が本日,閣議決定されました.日本医師会は,2011年度のプライマリーバランス黒字化を目指して社会保障費をはじめとする歳出の削減を図るとする,歳出・歳入一体改革に何度となく疑問を投げかけてきました.「骨太の方針2006」にはこうした疑問への答えが全く示されていないばかりか,医療・介護の分野においては,給付費の抑制一辺倒の内容となったことに強い憤りを感じています.
そもそも社会保障費の増加が国家財政悪化の原因とする考えは誤りです.歳出・歳入一体改革では,社会保障費が国債発行残高を押し上げていると指摘されましたが,平成16年度決算における国債発行残高増加額70兆円に対し,社会保障費の増加額は0.6兆円(1%)に止まっています.仮に社会保障費を削減したとしても国家予算という大局への影響はほとんどなく,「焼け石に水」といえます.
国債発行残高が増加する理由はほかにあります.国債は公共事業費に充当される建設国債と財投債を中心に発行されています.平成18年度の残高見込みにおいても,これら国債の残高が全体の57%を占めています.
一般会計のなかの公共事業費は以前に比べて若干減少しましたが,その大部分はこのようにマスコミや国民の目が届きにくい,特別会計のなかに隠れて脈々と生き続けているのです.政府は社会保障費の削減を論じる前に,こうした部分に厳しく切り込んでいくべきです.
「骨太の方針2006」は,社会保障費の安定財源を確保するために消費税を引き上げ,目的税化する可能性にも触れていますが,国民に新たな負担をお願いする前に,150兆円にもおよぶ公的年金積立金に目を向けるべきだと考えます.国民から集めた年金保険料は,国民の幸せのために還元するのが筋です.年金を含む社会保障費の国庫負担増は大きく見積もっても年間1兆円程度ですから,年金積立金を取り崩せばしばらくは持ちこたえられます.
また社会保障費のうち,国民医療費では,個人の保険料と自己負担を合わせた家計の負担が増大する一方で事業主負担は低下し続けており,事業主負担の引き上げも検討すべきだと考えます.医療にかぎっていえば,これに加えて保険料上限の撤廃や,組合健保の保険料を政管健保並みに引き上げることも有効な財源調達法だと考えます.
したがって,消費税の引き上げは,公共事業費をはじめとする特別会計に隠れている無駄や非効率を徹底的に解消するなど,あらゆる手段を講じてもなお財源が足りなくなった時の最終手段に位置づけられるべきです.
今回の「骨太の方針2006」の決定は,今後の社会保障制度のあり方を考えていくうえでの出発点にすぎません.日本医師会は,国民の生命の安心と安全を支える「平時の安全保障」でもある社会保障を守ることに,引き続き全力で取り組んでいくことをここに決意します.
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