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第1080号(平成18年9月5日) |

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母体血を用いた胎児遺伝子診断
〈日本周産期・新生児医学会〉

胎児の染色体や遺伝子の異常を診断するためには,羊水検査や絨毛検査を行い胎児細胞を採取する必要があるが,それらの検査には〇・五〜二%の流産のリスクがあり,それを避けるための無侵襲的な出生前診断法の開発が期待されている.
無侵襲的な胎児診断法として注目されているのが,母体血中を循環する赤芽球(胎児血球)を用いる方法である.しかし,この赤芽球は妊娠初期で105個の単核球中に一細胞以下と,ごくわずかであり,胎児診断に用いるには,その濃縮が不可欠である.
一九九二年,抗CD71抗体を用いたFACS(fluorescence-activated cell sorting)法で母体血中から赤芽球を濃縮し,FISH(fluorescence in situ hybridization)を行って胎児ダウン症が初めて診断された.その後,米国国立衛生研究所が主導し,母体血中赤芽球を用い染色体異常の診断を行う多施設研究が行われた.
この研究では,抗CD71抗体や抗ガンマヘモグロビン抗体を用いたFACS法やMACS(magnetic-activated cell sorting)法で細胞分離が行われ,FISH法で染色体数が分析された.二千七百四十四例が登録されたが,XY細胞の同定率はFACS法で一三%,MACS法で四八%にしか達しなかった.また,XY細胞の偽陽性率は一一%であった.このことは,母体血中の赤芽球は数が少なすぎるため,抗原抗体反応を用いた効率的な回収には限界があることを示した.
われわれは,比重遠沈法で赤芽球豊富な分画を分離し,それを塗抹染色し,形態的に赤芽球を識別する方法で母体血中から赤芽球を同定・回収し,PCR(Polymerase Chain Reaction;ポリメラーゼ連鎖反応)を行うことで,筋ジストロフィーなどの胎児遺伝子診断が可能なことを示した.さらに,近年,ガラクトース特異的なレクチンが赤血球系細胞に選択性を持って吸着することを利用した,まったく新しい濃縮法を開発した.
レクチンを用いる方法は,母体血から比重遠沈法で成熟赤血球を除去した後,レクチン法で白血球系細胞を除去するもので,従来の赤芽球を濃縮するという発想でない点が画期的で,母体血中にわずかしか存在しない赤芽球をロスなく回収できる.実際,正常妊娠の母体血六ccから平均十三・二個の赤芽球を全例で確実に回収している.また,回収した赤芽球で胎児FISH診断が正確に行えることも確認している.
現在,母体血中赤芽球を用いた胎児染色体異常診断の多施設共同研究を行っており,診断精度が確認できれば,臨床応用できる段階と考えている.
母体血中から確実に胎児細胞が回収できれば,DNAチップでの網羅的な遺伝性疾患のチェックや,CGH(Comparative Genomic Hybridization)アレイを用いたFISHに頼らない染色体診断など,可能性はさらに広がる.この検査法の開発が,周産期医療のさらなる進歩に貢献することを期待している.
(昭和大学産婦人科教授 岡井 崇,昭和大学産婦人科講師 関沢明彦)
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