日医ニュース
日医ニュース目次 第1151号(平成21年8月20日)

「新しい医学の進歩」〜日本医学会分科会より〜

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分子標的治療薬によるがん治療の進歩
〈日本臨床腫瘍学会〉

 二〇〇一年にCD20に対する抗体であるリツキシマブ(リツキサン)がB細胞リンパ腫の治療薬として薬価収載されたことにより,従来の抗がん剤とは作用機序を異にする分子標的治療薬が日本でも臨床導入された.分子標的治療薬とは,がん細胞の増殖や腫瘍血管の新生などに重要な役割を担っている種々の分子を標的として開発された薬剤の総称であり,抗体薬と小分子化合物に大別出来る.二〇〇九年七月現在,米国で承認されている分子標的治療薬は二十一薬剤であるが,そのうち日本で薬価収載されているのは十五薬剤である.
 分子標的治療薬は,従来の抗がん剤では得られない劇的な効果を発揮するものや,肝細胞がんや腎がんなど,従来の抗がん剤では効果が得られなかったがん腫に対しても有効な薬剤が少なくない.
 一方,分子標的治療薬の副作用としては,従来の抗がん剤で多くみられる骨髄毒性,悪心・嘔吐,脱毛などは比較的少ないものの,皮膚障害,高血圧,アレルギー,肺障害など多岐にわたっており,その使用に際しては高度な専門性が求められている.
 がん細胞に発現する分子を標的とする抗体薬では,その標的分子ががん細胞に発現していることが効果予測因子となる場合が多いが,小分子化合物でも標的分子の遺伝子変異の有無などが重要な効果予測因子であることが分かりつつある.EGFR遺伝子に変異がある非小細胞肺がん患者では,EGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるゲフィチニブ(イレッサ)が従来の抗がん剤よりも,より有効であるが,逆にEGFR遺伝子変異のない患者では,従来の抗がん剤よりゲフィチニブの効果は劣ることが最近の臨床研究で示されている.
 また,このような有効性の指標となる分子マーカーは,がん腫を超えて共通していることが示唆されており,HER2陽性乳がんに対して用いられているHER2に対する抗体トラスツズマブ(ハーセプチン)が,HER2陽性胃がんに対しても有効であることが示された.
 BRCA遺伝子変異陽性の乳がん,卵巣がんに対するPARP阻害薬やEML4-ALK陽性肺がんに対するALK阻害薬など,今後の開発が期待される分子標的薬も数多いが,がん細胞に特異的な分子を標的とした分子標的薬が多数開発されると,現在のがん腫別のがん治療が標的分子別のがん治療へと変化することが予測される.
 個々の患者で発がんにかかわる分子の異常を診断して,それに対する分子標的治療薬を使用するがん治療が近い将来,可能となることが期待されている.

【参考文献】
一,日本臨床腫瘍学会編:新臨床腫瘍学,南江堂,東京,二〇〇六年.
二,国立がんセンター内科レジデント編:がん診療レジデントマニュアル第四版,医学書院,東京,二〇〇七年.

(日本臨床腫瘍学会副理事長・国立がんセンター東病院通院治療部長 大江裕一郎)

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