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第1237号(平成25年3月20日) |
平成24年度 医療政策シンポジウム
「これからの社会保障を考える」をテーマに
平成24年度医療政策シンポジウムが,「これからの社会保障を考える」をテーマに,3月6日,日医会館大講堂で開かれた.政権が民主党から自民党にもどってからは初めて.TPPという“黒船”を眼前に,いつにも増して真剣な議論が交わされた.
シンポジウムではまず横倉義武会長が主催者を代表し,
「世界に例を見ないスピードで少子高齢化が進み,増える一方の社会保障費の安定的な財源の一つとして,消費税が当てられることになった.しかし社会保障制度の全体的な見直しと改革は『社会保障制度改革国民会議』に委ねられ,結論は八月末までに出ることになっている.そういう時期にこのシンポジウムが開かれることの意義は大きい」
とあいさつした.
この日の特別講演は,京大大学院の佐伯啓思教授による「日本経済・その混迷をもたらしたもの」.教授は経済学が専門だが,社会思想や政治思想にも通じ,文化についての論評でも名が高い.
教授は,
「経済を沈滞させた原因は,政治が問題を根本から解決しようとせず,その都度,弥縫策(びほうさく)に終始したことにある」
と断じ,
「それにしても民主党はひどすぎた.安倍政権の成長戦略は矛盾をはらんでいるが,目下のところは期待するしかない」
と述べた.
教授は時代ごとに主流となった経済学説を概括的に紹介し,アメリカの経済運営については,
「アメリカの市場至上主義は,経済学を科学に見せようとして,人間の経済行動を全て数値化したことが根底にある.その結果,経済学に二流の数学者を招き入れることになった.日本人の価値観とは合わない」
と指摘した.
数学者の考えた数式がマネーゲームを助長したことを暗に皮肉った発言に,共鳴共感した参加者が多かったようだ.
教授はTPPに反対する理由を明快に語り,
「日本が交渉のテーブルにつかなくても,アメリカは日本に市場開放を求め続けるだろう.日本はこれに,日米の価値観や文化の違いをいかに説得力をもって対抗出来るか.私はTPPによって,アメリカの占領政策が完成に近づきつつあると,考えている」
と語って講演を終えた.
講演後,亡くなった国語学者の大野晋氏がカタカナ英語の氾濫(はんらん)を嘆いて「日本は戦争に負けて頭の中まで植民地になった」と話していたことを佐伯教授に伝えると,
「全くおっしゃる通りです」
と厳しい顔をされた.
第二部は三人の慶大教授による講演で,最初に立った田中滋教授はTPP賛成の立場だが,国民皆保険は断固堅持を主張している.
田中教授は,日本の社会保障制度が百五十年の歴史を持つのに対し,ヨーロッパの歴史は二百年近いことを指摘し,
「日本は貧しい人,弱い人のためという考えが根本にあるのに対し,ヨーロッパは資本主義の発展のために労働力の商品化という思想が根にある」
と述べた.そして,
「日本では,国の借金が膨らんだのは社会保障費が増えたせいだと言う人がいるが,これは事実と違う.借金に占める社会保障費の割合は二〇パーセント余で,長く変わっていない」
ことなどを,豊富な資料を使って説明した.
二人目のテレビでもおなじみの金子勝教授は「社会保障と税の一体改革では何が必要か」と題し,日本の公的病院の力が落ちた結果,株式会社の病院が出来ていることや,混合診療を希望する人が増えている事実を指摘し,
「国民皆保険は既に侵食されている」
と,警鐘を鳴らした.
更に,アベノミクスは小泉首相時代の構造改革,規制改革路線の延長にあるもので,
「結果は見えている.『三本の矢』と言うが『矢』ではなく失敗の『失』だ」
と痛烈に批判した.
三人目の土居丈朗教授は「医療保険財政を持続可能にするために」をテーマに語ったが,TPP交渉参加には賛成の立場.その理由に,
「アメリカと一対一ではなく,オーストラリアのように政府が関与する,国民全員を対象にした医療保険制度を持っている国と共闘出来ること」
を挙げている.
「制度を持続可能にするためには,老いも若きも相応の負担をしなければならないことを,どうやって理解してもらうかにかかっている」
ことを強調した.
シンポジウムの締め括りは中川俊男副会長の司会で,「これからの社会保障を考える」をテーマに四教授によるパネルディスカッション.焦点のTPP問題については賛成派の田中,土居両教授が,
「アメリカの土俵に上がっても勝てる論拠を確立することが肝要で,そのためには日本人一人ひとりに覚悟が求められる」
と述べ,反対派の佐伯,金子両教授は日本の人材不足を指摘し,参加への不安を語った.
国民皆保険の堅持は全員の共通認識であることを確認し,熱気溢(あふ)れるシンポジウムは終わった.
(川)
司会・座長
中川 俊男(日本医師会副会長)
石川 広己(日本医師会常任理事)
パネリスト
佐伯 啓思(京都大学大学院教授)
田中 滋(慶應義塾大学大学院教授)
金子 勝(慶應義塾大学教授)
土居 丈朗(慶應義塾大学教授) |
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