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第1287号(平成27年4月20日) |
横倉会長/第134回日本医師会臨時代議員会
社会の安定に寄与し国民に将来の安心を約束する決意と覚悟をもって会務に取り組む姿勢を示す
第134回日本医師会臨時代議員会が3月29日,日医会館大講堂で開催された.
冒頭あいさつを行った横倉義武会長は,社会の安定に寄与し,国民に将来の安心を約束する決意と覚悟をもって,ただひたすらに国民のためを思いながら,平成27年度の会務に取り組む姿勢を示した.
会長あいさつ
今年はわが国にとって,大きな二つの節目を迎える年であります.
一つは,戦後七十年という節目です.
灰燼(かいじん)に帰した国土から,世界第三位のGDPを誇るに至る経済復興を遂げた背景には,医療に関する物的資源が乏しい中で,懸命に国民医療の向上に尽くした先達の尊い姿があります.この七十年間で,わが国は急速な高度経済成長や産業構造の変化と共に,疾病構造や人口構成の変遷を経験して参りました.
こうした経験の中で,国民の健康と幸福に寄与する制度として生まれたものが「国民皆保険」であり,その成果として,現在,わが国は世界でも有数の健康大国に数えられるまでになりました.
もう一つは,阪神・淡路大震災から二十年という節目の年であり,また,未曾有(みぞう)の被害をもたらしました東日本大震災からも四年という月日が経過しております.ここに,被災された皆様のご冥福をお祈り申し上げますとともに,心よりお見舞いを申し上げます.
二つの大震災の経験を経て,日医の災害への取り組みは,DMAT,JMATの組織化が進み,また今後の大災害への取り組みとして衛星通信を利用した連絡網の拡充等,具体的な形として結実いたしましたし,日医は国民保護法における公共団体の指定を受けることができました.災害時の経験を共有させて頂いた各医師会のご努力に敬意を表しますとともに,今後の災害に備え,全ての医師会組織の緊密な連携に向けた施策を強化すべく,引き続き推進して参ります.
この二つの節目を迎える中で,改めて思いますことは,医学・医療の恩恵は全て国民に帰するものであり,我々医師はひたむきに患者・国民に尽くすことがその本分であるということ,そして,そのひたむきさ故に,我々医師は,国民や社会からの信頼を得る中で,その本分を発揮できてきたのだということであります.
近年,わが国は日本の旅行者等からの海外での感染例により,諸外国から「麻しん輸出国」という批判を浴びて参りました.しかし,麻しん排除に向けた努力が続けられてきた結果,去る三月二十七日,世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局は,ブルネイ,カンボジアと共に,日本が麻しんの排除状態にあることを認定いたしました.これも全国におられる先生方のたゆまないご努力の結果であり,心から感謝申し上げる次第でございます.
全ての国民にかかりつけ医を
国民の信頼に応え続けていく決意をもって,わが国の医療を支え,国民の健康と幸福に寄与していくことこそが,我々医師に課せられた普遍的な責務であり,また,矜持(きょうじ)であると考えます.
そして,医師会は,こうした医師の取り組みや活動を有機的に結び,医学の進展による恵沢を社会に適用させていく中で,国民が等しく良質な医療を享受できる社会づくりに貢献していくことが,その役割であると考えます.
すなわち,医師の責務や医師会の役割,それらは全て国民のためのものであります.
こうした信念の下,団塊の世代が後期高齢者となる二〇二五年に向けて,患者個々の状況に即した良質かつ適切な医療を提供する体制づくりを推進して参ります.その際,今後ますます重要になるのが,「健康寿命の延伸」に向けた取り組みであると考えます.
持続可能な社会保障制度を確立していくためには,「社会から支えられる側」であった高齢者が「社会を支える側」になれるよう,国民のライフサイクルに応じた生涯保健事業の体系化が必要です.現在,平均寿命と健康寿命には約十年の差がありますので,その差を縮められるよう,各種地域保健事業の拡充と,国民にとって魅力ある検診項目の設定等による受診率の向上に向け,引き続き,積極的な政策提言を行って参ります.
併せて,健康寿命を短くする要因である生活習慣病予防に取り組むとともに,骨折・転倒,関節疾患,また,加齢によって筋肉が減少していくサルコペニアへの,いわゆるロコモ対策の重要性につきましても,広く社会に訴えて参ります.
他方,保健医療の充実による健康寿命の延伸に当たり,個々の被保険者の予防への取り組み等に対し,保険料に過度な差を設けることは,公平・平等を原則とする公的医療保険制度の在り方の根幹に関わります.健康寿命延伸へのモチベーションを上げることは重要ですが,それは経済的インセンティブではなく,意識改革で実行することが望ましいと考えます.
また,現在でも既に,市町村によって住民の健康増進活動が図られる中で,保険料が下がる仕組みになっておりますので,成功事例を参考にしながら,地域の実情に応じて,それぞれ展開していくことが大切です.そのためにも,全ての国民に“かかりつけ医”をもってもらうことが必要であると考えます.
先日,雑誌の取材を受けた中で,当面の目標と将来の夢について尋ねられました.その際,私は,「当面の目標は医師会員を増やして組織を強くすることであり,夢は,国民一人ひとりがそれぞれ“かかりつけ医”をもち,自分の健康状況や病気について,“かかりつけ医”に相談してくれれば大丈夫な社会をつくること」とお答えいたしました.
地域の“かかりつけ医”が豊富な知識と経験を基に,高齢者に対して栄養,運動,療養上の指導などを一体的に提供することが,健康寿命を延伸する柱であることは間違いないと考えます.
また,国が進めております地域包括ケアシステムの構築に当たっても,“かかりつけ医”が患者一人ひとりにあった形で必要な情報を提供し,情報格差を埋めながら国民に安心を届けていくことは,大変重要であると考えます.
そして,そうした“かかりつけ医”の役割の重要性が広く国民に浸透していく中で,多くの国民が“かかりつけ医”をもつようになれば,“かかりつけ医機能”を中心に据えた,地域医療提供体制の確立を果たせるものと確信いたします.これこそまさに,先に述べました夢の実現であります.
重要案件に対し医師会員の後押しは不可欠
そのためには,“かかりつけ医”の活動を支援するべく,必要な研修を用意し,地域の医療・介護に係る情報を把握・提供できる体制整備が必要です.また,折しも本年四月より,地域の実情に応じて過不足ない医療提供体制を適切に構築していくための「地域医療構想」が,原則として二次医療圏ごとに策定されます.
これらはいずれも各地域の医師会が主導してその役割を担うことが期待されますので,日医といたしましては,各地域医師会における取り組みを全力で支援していく中で,“かかりつけ医”機能の充実・強化と,国民が安心できる持続可能な医療の実現に努めて参ります.
併せて,これらの取り組みをより実効あるものにするためにも,会員組織率の向上等による医師会組織の強化が急務であります.医師会が,真にわが国の医師を代表する団体として,医療界のみならず対外的にも認められ続けていくためには,これ以上の組織率の低下は何としても防がなければなりません.そのためには,『日本医師会綱領』の理念の下,大同団結を呼び掛け続けていくとともに,全ての世代,性別,就労形態にコミットした,魅力ある医師会づくりが不可欠であり,現在,そのための方策について,会内に設置しております「医師会組織強化検討委員会」の中で鋭意ご議論頂いているところであります.
また,会員情報管理の効率化と機能の拡充に向けた会員情報システムの再構築につきましては,都道府県医師会との相互利用等に向けて,現在,千葉県医師会のご協力の下,パイロットスタディに取り組んでいるところであります.
医師会組織は三層構造をとっているため,オールジャパンの強い医師会を目指していくためには,都道府県医師会,郡市区等医師会のご協力が欠かせません.一昨年の八月時点では,都道府県医師会員で日医に未加入の方が約一万六千人,郡市区等医師会員で日医に未加入の方は約二万七千人おられました.まずはこうした方々に都道府県医師会,日医にまで何らかの形で参加頂ければ,組織強化に向けた大きな一歩になるものと考えております.
本年十月には,医療関係者と患者,国民との信頼関係の構築に向けた医療事故調査制度の運用が開始される他,年末に向けて,平成二十八年度診療報酬改定及び平成二十九年四月の消費税率引き上げに関する議論が本格的に開始されるなど,重要な案件が数多く予定されております.
こうした重要案件に対し,医師会としての主張を貫くためにも,より多くの医師会員の力強い後押しが不可欠でありますので,都道府県医師会や郡市区等医師会に対し,引き続き,ご協力を仰いで参ります.
なお,本年十月に予定されていた消費税率の引き上げについては,平成二十九年四月まで延期せざるを得ない状況となりましたが,その間,地域医療・介護現場が混乱することによって国民が不利益を被ることのないよう,政府に対し,国民との約束である社会保障と税の一体改革を着実に進めていくことを,引き続き求めて参ります.
また,そうした取り組みの一環として,会内に「医療機関等の消費税問題に関する検討会」を新たに立ち上げ,財務省主税局及び厚生労働省保険局・医政局の担当官並びに三師会・四病協の税制担当役員をメンバーにお迎えいたしました.
「平成二十七年度税制改正大綱」では,医療に係る消費税等の税制のあり方について,「抜本的な解決に向けて適切な措置を講ずることができるよう,個々の診療報酬項目に含まれる仕入税額相当分を『見える化』することなどにより実態の正確な把握を行う」と記されました.
この『見える化』に向けた取り組みを検討会で進めていく中で,年末に決定予定の「平成二十八年度税制改正大綱」をにらみながら,控除対象外消費税問題の抜本的解決を図って参ります.
わが国と地方の長期債務が千兆円を超える中,将来的には労働人口の減少も見込まれています.加えて,高齢化の進展に伴い,医療,介護等を中心に社会保障費の更なる増加が予想され,国家財政上の大きな課題となっております.
既にご案内のとおり,平成二十七年度介護報酬改定率につきましては,政府の来年度予算編成において,全体でマイナス二・二七%と非常に厳しい内容になることが決定されました.そもそも介護保険制度は,国民の老後の最大の不安要因である介護を社会全体で支えるものとして創設されました.その給付と負担については,国民の理解を得られるよう,国民の共同連帯に基づいた保険制度となっております.
日医はこれまで,さまざまな場面において,国民が住み慣れた地域で質の高い医療・介護サービスを受けられるよう,必要な財源を確保した上で,社会保障の充実を図っていくことを主張して参りましたので,今回の結果は非常に残念であります.
医師会には医療を適切に管理する責務がある
今後も財政を健全化しようとする立場から,規制改革や成長戦略の名の下に,社会保障費の削減を図り,公的医療保険の給付範囲を狭めるような圧力は続いていくものと思われます.
しかしながら,医療と介護は高い雇用誘発効果を持つため,地域の雇用を下支えしている他,医学分野での技術革新は経済成長にも寄与しており,社会保障と経済は相互作用の関係にあると言えます.
ただ,経済学の中で市場原理主義の最大の問題は,社会的な責任に対する評価を加味しない点にあるとされています.一方で,医療は国民・社会への奉仕そのものであることから,両者はそもそも相容れ難いものであると考えます.
昨年九月にご逝去されました経済学者の宇沢弘文先生は,「医療は社会的共通資本であり,一つの国ないし特定の地域が豊かな経済活動を営み,優れた文化を展開し,人間的に魅力ある社会を持続的,安定的に維持することを可能とするような自然的,社会的装置である」と定義されました.
また,社会的共通資本である医療の管理に当たっては,「職業的専門家の集団が,その専門的知識と職業的倫理に基づき,自らを律しながら具体的に行動する必要がある」ということを,八年前に開催いたしました「日医総研設立十周年記念シンポジウム」の中で,まさにこの場所に立って,お話しされております.
すなわち,医師会には,プロフェッショナルオートノミーに基づき,国民からの厳粛なる信託をもって,医療を適切に管理していく責務があります.
本来,社会の病を癒すべき経済学が,社会保障に間違った原理を持ち込み,格差社会という病を拡大させることのないよう,注意が必要です.
「上医は国を医す」と言いますが,今こそ,この国の医療政策を,医師の専門家集団たる我々が主導していく中で,社会の安定に寄与し,国民に将来の安心を約束していかなければなりません.
その決意と覚悟をもって,ただひたすらに国民のためを思いながら,平成二十七年度の会務運営に臨んで参りますので,代議員の先生方におかれましては,引き続き特段のご理解とご協力を賜りますよう,この場をお借りして深くお願い申し上げます.
横倉会長のあいさつ全文等,第134回日本医師会臨時代議員会の詳細は『日医雑誌』第144巻第2号5月号別冊をご参照下さい. |
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