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第1288号(平成27年5月5日) |
ダライ・ラマ法王講演(要旨)
「医学の進歩と死生観」

今日お集まりの方々は,人々を助けるために働いている方々であり,仏教の言葉で言えば,皆様方は菩薩と言えます.就労されている人々は,何らかの形で,この世の中に貢献されているわけですが,医療に携わる方々は人間の命を救うという尊敬すべきお仕事に就かれている方々ばかりです.
病院に来る人達は,痛みに苦しみ,それを治して欲しいという思いで来るわけですが,そういう時に皆様方が温かい気持ちで接してくれれば,大きな治療効果が生まれ,患者達は新たな人生を始めることができるという気持ちになることさえあるのです.
それではここで,私自身の紹介をしたいと思います.私自身はこの地球上に住んでいる七十億人の人間の一人に過ぎません.つまり,全ての人類というものは,精神的にも,肉体的にも何ら変わりはない同じ立場にあり,私は一人ひとりの人間を,私の兄弟,姉妹であると常に認識しています.
全ての人々は幸せでありたいと願っていますが,私達には望んでいない苦しみや問題が次々に起きてきます.それは私達自身が非常に狭い視野で,自分の身の周りのことだけを考え,自分さえ良ければいいという行動をとってしまっているからなのです.
そこで今,なさなければならないことは,人間は一つの家族であるという感覚を世界に広めていくことではないかと私は思っています.
近代社会は互いに依存しているわけで,隣人を破壊するような行為は,自分達も破壊する行為につながるのだということを,人類は今,新たに認識すべきなのです.自分の望みと七十億人の望みは,決して別ではないということを知って頂きたいと思います.私は,その認識を一般教育を通じて,広く普及させていくべきであり,それが私の第一の使命であると考えています.
次に,私の第二の使命についてです.世界の中には,さまざまな宗教がありますが,その異なった宗教観の調和を図ることが私の使命であると考えています.私は,宗教を信心されている全ての方々を,精神的な姉妹や兄弟であると思っていますし,今は,全ての方々がその宗教観の違いを乗り越えて,調和を図る努力をすべき時ではないかと考えています.
世の中には,宗教という言葉を語りつつ,互いに殺し合ったり,戦争をしたりすることで,人類に対して問題を引き起こしているという現実もありますが,自分の属する宗教以外の宗教を信じる方々にも心からの敬意をもって接する,そして,互いの理解を深めるという努力をしていけば,必ずや異なった宗教観の調和を図ることができると私は信じています.
私の第三の使命ですが,これは,チベット人として,私が果たすべき使命となります.仏教には,“心の科学”と言われる,古代から引き継がれてきた私達の心や意識を,どのようにより良く変容すべきであるかということを教えてくれるものがありますが,それは現代人を救うことにも役立つものです.
このような意味で,私は,このチベット仏教を源とするチベット文化は,世界の人々に役立つ,人類の遺産とも成り得るものであると思っており,それを守っていきたいと考えています.
また,これに加えて,私はチベットの環境も守っていかなければならないと考えています.北インド,東南アジアに流れる大河の多くはチベット高原の雪山から流れ出ているものですが,この大河はこれらの地域の人々の命をつないでいます.そういった意味でも,チベットの環境も守っていくことが私の大きな使命と言えます.
最後になりますが,私はこの七年近く,胆石に苦しみ,医師の勧めもあり,胆のうの切除をしてもらいました.今は非常に健康であり,新たな人生を与えてくれた医師の皆様方には非常に感謝しています.本日はありがとうございました.

ダライ・ラマ法王/1935年生まれ,2歳の時にダライ・ラマ14世として認定され,1940年に即位.その後,1959年にインドに亡命,インドのダラムサラに樹立されたチベット亡命政権の国家元首となり,チベット民族の国家的,精神的指導者となっている.1989年には,ノーベル平和賞を受賞.
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