市民公開講座

第29回日本災害医学会総会・学術集会
[共催]災害時のトリアージに関する合同委員会
災害時のトリアージを理解しよう

この市民公開講座は、日本医師会、日本臨床救急医学会、日本災害医学会、日本救急医学会で組織している「災害時のトリアージに関する合同委員会」が企画し、「第29回日本災害医学会総会・学術集会」の中で開催されたものです。

※プログラム1については、当日の演者が変更となっています

PROGRAM

[総合司会]
  • 日本医師会常任理事黒瀨 巌
  • 日本救急医学会代表理事、合同委員会委員長大友 康裕
  • 1.トリアージとは何か

    横浜労災病院 救命救急センター長中森 知毅

    ※プログラム1については、当日の演者が変更となっています

  • 2.トリアージをやってみよう

    淀川キリスト教病院 救急科・集中治療科部長夏川 知輝

    ※本プログラムの中では、ケースをもとに「トリアージをやってみよう」という企画がございます。QRコードを読み取って回答を入力するため、お手元にスマホやタブレットをご用意ください。

  • 3.トリアージ;医療者はこう思っている

    日本災害医学会理事、国際医療福祉大学教授石井 美恵子
  • 4.トリアージの諸課題

    日本臨床救急医学会理事、帝京大学教授森村 尚登
  • 5.国民へ向けての声明文

    日本救急医学会代表理事、合同委員会委員長大友 康裕
  • 6.国会議員からのコメント

    衆議院議員、日本医科大学特任教授松本 尚

トリアージをはじめとする災害医療について
ご理解いただきたいこと

  • 公益社団法人 日本医師会 会⾧ 松本吉郎
  • 一般社団法人 日本災害医学会 代表理事 本間正人
  • 一般社団法人 日本救急医学会 代表理事 大友康裕

 大災害が発生すると、非常に多くの方々の命が危険にさらされます。私たち医療者は、一人でも多くの方の命を救うために、トリアージを始めとした平時と異なる医療を提供しなければなりません。広く国民の皆様には、ご理解いただきますようお願いいたします。

1.緒言

 東日本大震災で被災した石巻市の女性(当時 95 歳)が病院でのトリアージを受けた3日後に死亡したことについて、トリアージと対応に過失があったとして御遺族が石巻赤十字病院を仙台地裁に提訴する事例が発生しました。亡くなられた女性および御遺族の方々に対して謹んで哀悼の意を表します。
 しかし、災害時の対応に関して病院が提訴される事態に至ったことは、災害時の医療に取り組んできた多くの関係者にとって、極めて遺憾なことであり、国民の皆さんに「災害時の 医療」がいかなるものであるのかについて、十分ご理解いただけていない点があるのではないかと懸念しています。災害時における医療とはどのようなもので、どのような困難性や特性があるのかについて、国民の皆様にお伝えする内容を記載しました。

2.災害(時)医療とは

 わが国では、地震や水害といった自然災害で毎年のように被害が発生しています。それに加え、大規模な事故や事件によって多数の傷病者が発生する危機事案は少なからず起きています。こうした中で、一度に非常に多数の患者さんが発生することで、日常のような救急搬送や診療が困難な状況で行われる医療を「災害(時)医療」と呼びます。
 災害(時)医療の特徴として以下のことが挙げられます。

  • 大規模地震や水害などでは被災地域の医療機関において、建物被害、電気や水などライフ ラインの途絶、医薬品を始めとする医療資材の供給途絶などの被害が発生することがある。
  • 社会インフラの破損、道路の寸断による流通の停滞や、通信の途絶により周囲の状況が把握できないことがある。
  • 医療スタッフや医薬品、医療資機材も枯渇、あるいは大きく制限され、特に高度医療の提供が困難になることがある。

 このように、医療を受ける必要のある方が多数発生する一方で、医療資源(医療スタッフや医薬品、医療資機材など)の不足など、医療を提供できる能力が大きく下がってしまった状況で対応しなければなりません。日常とは大きく異なり、十分な医療の提供が困難な状況 でも、何とか工夫しつつ医療配分しながら災害(時)医療を継続せざるをえないのです。

3.災害時のトリアージについて

 前述したように、医療を受ける必要のある方と、医療を提供できる能力のバランスが大きく崩れてしまった状況において、より多くの方々に医療を提供するためには、日常とは異なる対応が求められます。多数の方々の緊急性や重症度を迅速に判断し、より緊急性や重症度の高い方々に、限られた医療を『傾斜配分』します。つまり緊急性や重症度が高い方に人や資材を早く多く割り振る一方で、救命不可能と判断された方々や緊急性の低い方々への医療の配分は相対的に少なくなります。
 しかし、必ずしも緊急性や重症度が低い方をなんの処置もせずに後回しにするという訳ではありません。例えば、平時ならば縫合止血を必要とする傷に対して、人員と時間をかけずに、圧迫止血や包帯など最小限の資器材により、出来る限りの簡潔な処置に努めます。一般に、このように処置や診療前に行う一連の『傾斜配分』の判断をトリアージと呼び、その実施によって結果的に多くの人命を救うことができるとされています。医療の需要と供給のバランスが回復するにつれて、通常の対応が可能になっていきます。

4.災害時のトリアージにおいて求められる迅速性について

 トリアージによって、生命の危機が迫る緊急性・重症度が高い傷病者を一刻も早く把握しなければなりません。劣悪な環境の中、不特定多数の初対面となる傷病者を対象とする災害時のトリアージは、診断機器を用いる間も無く、短時間で多数の方々を対象に実施する必要があるため、その判断に高い精度を期待することに困難が生じます。また、医療を受ける必要のある方と、医療を提供できる能力のバランスがどの程度崩れるかによって、対応にも変化が生じ、緊急度や重症度の判断基準は不変ではなく、相対的な変化を余儀なくされます。
 このように災害時のトリアージは、確実な診断よりも迅速な実施が重要になり、日常医療における診断の正確性に劣ることは否めないことをご理解いただきたいと思います。後から振り返って、思わしくない結果であることは回避できない性質のもので、「正解」や「不正解」の断定は不可能です。「不確実である」、「誤ることがある」ことから、医療者がトリアージの実施を躊躇してしまうと、結果的により多くの方の命が失われかねません。

5.おわりに

 このように災害時のトリアージをはじめとする災害時の医療は、平時の医療とは異なり、限られた医療資源の下で、最大多数の救命を目的としていることについて、国民の皆様に、ご理解いただきたくお願いを申し上げます。