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令和元年(2019年)11月20日(水) / 南から北から / 日医ニュース

「アイスクリームの歌」......あの女の子は今?

 私の50年来の愛唱歌に「アイスクリームの歌」というのがある。50年以上前、私が小学生だった頃、NHKラジオの幼児向け番組で歌われていた歌である。昔は王子様や王女様でも食べられなかったアイスクリームが、今では僕でも食べられるよ、といったたわいない内容の歌であるが、親しみやすいメロディー、分かりやすい歌詞で、僕はすっかり気に入ってしまって、よく口に出して歌ったりしたものだった。
 けれども、同級生らでその歌を知っている者はなく、というのも、その当時勃興(ぼっこう)していたテレビにみんな夢中になっていて、ラジオの幼児番組を聴いている者などいなかったのである。
 僕が当時、日常的にラジオを聴いていたわけは、父親が本屋をやっていて、自分の店は「文化の一大拠点」であると自認し、テレビなぞという低俗文化は断固排除する、という「ポリシー」のため、わが家にはテレビがなく、いつもラジオがBGMのごとく流されていたからである。
 で、ある夏休みの夜、親戚の家に泊まりがけで遊びに行っていた時のことである。夕食のだんらんの時についていたテレビでは、ちびっ子のど自慢大会をやっていた。興味もなかった流行歌ばかりで、聞き流していたが、ある女の子の順番になった時、「アイスクリームの歌」と紹介された。僕は一気にテレビに引き込まれた。ヘー、この子もラジオを聴いているんだ。僕は、ぐっと親近感が沸いた。
 「スプーンですくってピチャッチャッ、舌に乗せるとトロントロン、のどを音楽隊が、通り、ま、す」
 この子すごく歌がうまいぞ。僕はすっかり夢中になってしまって、この子優勝すればいいな、優勝して欲しいな、きっと優勝するぞ、とヒートアップした。
 すべてのちびっ子の歌が終わり、審査発表の段になった。果たして、その女の子が優勝した。やったやったー、とぼくは喝采(かっさい)した。
 司会が「さあ、どの賞品を選びますか?」と言いながらいろんな賞品を紹介した。そしたらその子は、少し恥ずかしそうに小さい声で「テレビ」と答えた。司会がびっくりした。テレビも確かにあったが、その中では最も地味な代物で、「テレビでいいんですか? ほら、〇〇もありますよ、△△もありますよ」と他の賞品を促したが、今度はもっときっぱりと大きな声で、「テレビがいいです」と答えた。
 僕はその瞬間に確信した。そうだ、この子の家は貧しくてテレビが買えないんだ、だからラジオを聴いているんだ、この番組に出て優勝してテレビをもらおう、そう思ったんだ。
 その子がテレビを選んだ本当の理由は分からない。けれどもこのできごとがあってから、アイスクリームの歌は、更に僕の心の奥深くに入り込んでいって、今でも心の中でよく歌っているのである。
 あの女の子の顔など、全く憶えていない。恐らく今は60代半ば、孫の2、3人はいるおばあちゃんになっているだろう。消息が分かれば、この時の気持ちを伝えたいなあと思っている。

 

(一部省略)

山口県 山口県医師会報 第1896号より

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