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令和元年(2019年)11月20日(水) / 南から北から / 日医ニュース

困ったオジサン

 近頃、奥歯がうずくように痛みだしてきた。その歯には毎食ごとに食物が詰まるようになり、舌で触ると大きな穴が開いているような感じだ。しかたなく仕事が終わった後に近所の歯科医院を受診した。
 担当はサッパリとした性格で、テキパキと仕事をする好感のもてる女医さんであった。
 「完全に歯がまっぷたつに割れてますネ。痛くなかったのですか。スポーツ選手など嚙む力が強いとこうなることがあります」「このままでは治療ができないので抜歯した方が良いと思われます」「分かりました。抜歯した後、インプラントとかできますか」「隣の奥歯が親知らずで、歯の向きが悪いからインプラントはできません。保険でできる部分入れ歯がいいと思います」「入れ歯?」
 もうとっくに還暦(かんれき)を過ぎているのだから当然なのだが、自分は老人ではないと思い込んでいるのだ。入れ歯には老人のイメージしかない。しかし、他に選択肢はなく抜歯することにした。その後、部分入れ歯の型取りをすることになった。
 「どうぞ、うがいしてください」。口の半分に麻酔が効いているので、あらぬ方向に水が飛び出してしまい、診察室を汚してしまった。「ズビマせん(すいません)」。麻酔が効いているので滑舌(かつぜつ)が悪いのだ。
 「止血しますので、この綿をしっかり嚙んでください」。素直な私は先生の指が口の中にあるうちに強く嚙んでしまった。「イタタタタッ......!!」「ズビマせん」
 家に帰り、時間も遅かったのですぐに夕食にした。まだ麻酔が効いていて、顔を傾けて右側で嚙まないと、すぐに食物が口からこぼれる。酒で流しこむように食べている時に家内が、「アッ、またこぼした。前から時々こぼしてシャツが汚れてしまっていたけど、今度は言い訳ができて良かったわね。アナタ麻酔科医でしょ。アルコール飲んでもいいって言われたの」「ホットケ!!」
 1週間ほどして、部分入れ歯ができたので再度受診した。「慣れるのに少し時間が掛かりますが、していないと上の歯が落ちるようになり、嚙み合わせが悪くなります」とのこと。しかし部分入れ歯はやはり口の中で違和感が強く、たった3日で入れ歯をするのをやめてしまった。
 そのことを母に言うと、「入れ歯と嫁は慣れとガマンが必要だと昔からの言葉があるのよ。私もがんばったのよ」。なるほど名言だ。確かに嫁は慣れというよりも、慣らされたと言った方がいいかも知れない。
 しかし、たった3日で入れ歯をやめるとは何たるガマンができない情けない性格だ。この前も通信販売の電気刺激で腹筋を鍛える機械を買ったが、3日ほどでやめてしまい、家内にもったいないと怒られたばかりではないか。本当に困ったものだ。
 それから数日して、犬の散歩をしていると女医さんとバッタリ会った。
 「可愛いワンチャンですね。先生とそっくり。ところで部分入れ歯の具合はどうですか」「エエ......少し浮く感じと違和感がありますが何とか」
 この大嘘つき。たった3日でリタイアしたくせに。

 

(一部省略)

東京都 大森医師会会報 第118号より

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