夜中にふと目が覚め、妙に目がさえることがある。色々なことが脳裏をよぎるが、特に思わず笑ってしまう、「なぜあんなことをしてしまったんだろう?」という出来事が鮮明に思い出される。
その1 優しい先輩
医局にいた頃、夜の11時頃だったろうか、ようやく仕事を終えて向かいの駐車場へたどり着いた。季節は冬、車にはドッサリと雪。「これが津軽の大変なところ」などと言いながら、せっせと雪を降ろし終えた頃に背後に足音。いぶかしげに「先生......どうもすいません」と声を掛けられた。1年後輩のT先生であった。「あれ、先生どうしたの?」と言いながらT先生の視線の先を追うと、今まさに最後の雪が払われようとしているこの豪華な車は何と私のじゃあない。「ひょっとしてこれ、T先生の......車?」なんと優しい先輩なのだろう。
一瞬後、周囲四方に2人の笑い声が響き渡ったのだった。
その2 グリーンシート
学会でよく列車の旅を楽しむ。少しだけリッチな気分を味わうのと煩わしさから解放されたいためにグリーン席で足を伸ばす。その日も席はガラガラで大あくびをしながら、駅弁をパクつこうとしていた。
そこへ13~14歳に見える少女がキョロキョロしながら歩いてきた。分厚い眼鏡をかけ、口は半開きで、下顎が突出している。ひょっとしたら遺伝学上問題のある子かな? と、医者の悪い癖で患者を見る眼になってしまった。そうなると先入観が止まらない。周囲は空席なのに、あろうことか小生の隣にチョコンと座ってしまった。「お嬢ちゃん、ここはグリーン席といって誰でも座れる場所じゃないんだよ。今車掌さんに言ってあげるから......」と、喉元まで出かかった時に車掌さんが通りかかった。「ああ、うまくフォローしなくては」などという心配をよそに彼女は当たり前のように切符を出し何事もなく検札を受け、自分のバッグにしまうと、おもむろにアンアンだったかノンノンだったかを読み始めた。
唖然(あぜん)としながら思わず目を見開いて彼女の横顔を凝視した。すると少女どころか何と20歳を超えたぐらいの普通の娘さんではないか。
医者の知識をひけらかそうとしたばかりか、グリーン席という響きに優越感までも感じてしまった貧乏根性に全く穴があったら入りたいとはこのことで、弁当の味など分かるはずもなかったのだった。
その3 クリーニング
学会中のホテルでのこと。その日の日程を終え少し疲れてだいぶ酔って部屋に戻り、シャワーを浴びた。
汚れた下着類は"さら"のやつと区分しておかないと、という訳で、「何か袋は?」と机の引き出しを開けるとあった、手頃なものが。クリーニングに出すための備え付けの袋である。これに適当に詰めた頃から私の記憶が薄れていった。
次の日部屋に戻ると、机の上にきれいにクリーニングされた私の衣類が置かれていた。「あれれっ......クリーニングに出しちゃったんだ!」悔いても後の祭りである。
その内容は、ネクタイ、Yシャツ、カールおじさんのガラパン、首がしわしわの下着のTシャツ、ハンカチ、そして片一方だけの靴下。更にもう一つ「靴下は片一方だけしかお出しになられていませんでした」という添え書きがあった。
うちひしがれてベッドの横を見ると、もう一方の靴下が恥ずかしそうに丸まっていたのだった。
私の場合、紙上では到底載せることのできない失態、失敗は山のようにある。緊張した日常でのちょっとした失敗は、失笑と共に一寸の安堵を感じる。
"緊張の緩和にこそ笑いが生じる"と言うのは、尊敬する今は亡き桂枝雀師匠の口癖であった。眠れない時間があった時は緊張の緩和を楽しんでみてはいかがだろうか? (一部省略)
青森県 南黒医師会報 第81号より