第5回日本医療小説大賞(日医主催、厚生労働省後援、新潮社協力)の授賞式が5月26日、都内で開催され、日医からは、横倉義武会長、今村聡・松原謙二両副会長、今村定臣・小森貴・石川広己・道永麻里各常任理事が出席した。
本賞は、国民の医療や医療制度に対する興味を喚起する小説を顕彰することで、医療関係者と国民とのより良い信頼関係の構築を図り、日本の医療に対する国民の理解と共感を得るとともに、わが国の活字文化の推進に寄与することを目的として、平成23年度に創設したものであり、今回が5回目となる。
対象は、医療をテーマにした小説、あるいは医療を素材として扱っている小説(ノンフィクションは除く)で、平成27年1月1日から12月31日までに書籍化されたものとし、本年4月1日に3名の選考委員(篠田節子氏、久間十義氏、養老孟司氏)により行われた選考会で受賞作品を決定した。
今回受賞した中島京子氏の『長いお別れ』は、中島氏が認知症を患った実父を介護した経験から生まれた小説であり、認知症高齢者の介護という難しい題材でありながらも、認知症の父親の変化を、家族がゆっくり見守る日常を著者独特のタッチで描き出したユーモアあふれる作品となっている。
授賞式では、冒頭、主催者を代表して横倉会長があいさつを行い、「わが国の平均寿命が伸びるにつれ、認知症患者の増加も予想される中で、今後、認知症患者の方々にどのように対応していくかが大きな課題の一つとなっている」とした上で、「認知症は、現在の医療では完全には治癒できないが、その予防に向けた方策の解明も徐々に進んでいる。国民一人ひとりが認知症に対する意識を高めることは、その予防や対応においても大変重要であり、今回、認知症をテーマとした作品が選ばれたことは大変意義がある。文学で医療を取り上げて頂くことで医療従事者も勇気づけられるが、受賞作品が一人でも多くの国民に親しまれる中で、本賞が医療に対する国民の理解と共感を得られる一助になることを期待する」と述べた。
続いて、選考委員を代表してあいさつした篠田氏は、「今年の候補作はどれも読みやすさという点では非常に優れていた」と選考を振り返った上で、本作品を推した理由について、「深刻な題材にもかかわらず、何かを訴えるといった内容ではなく、認知症患者を抱えた家族の様子がユーモアをもって、いきいきと描かれており、小説としての面白みもさることながら、質の高さ、技法の確かさが群を抜いていた」と指摘。
また、医療に触れていないことが医療小説としてどうなのかという点で議論になったことにも触れ、「超高齢社会を迎えた今、キュアからケアへの転換の必要性が認識される中で、その最先端を行く医療小説と言えるのではないかとの意見が多数を占め、本作品を選ぶことにした」と講評を述べた。
引き続き、賞の贈呈に移り、横倉会長より中島氏に賞状並びに副賞の授与が行われた。
受賞者のあいさつで中島氏は、本作品について、「認知症を患った父親を介護した経験を基に描いたため、自身の体験と記憶に深く依拠しているという意味で、私にとってはとても特別な作品となっている」と説明した。
更に、中島氏は、超高齢社会においては、高齢者の尊厳が損なわれることなく、介護を安心して受けることができ、介護者も疲弊しない医療・介護が求められているとの考えを示し、「この小説が、日々、認知症患者と向き合っている方々にとっての、息抜きでも、笑いでも、何がしかを提供できるものになってもらえればうれしい」と、受賞の喜びを語った。
中島(なかじま) 京子(きょうこ) 氏 1964年、東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年、『FUTON』で小説家デビュー。 2010年『小さいおうち』で直木賞受賞、2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ賞《作品賞》、柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞した他、『長いお別れ』は第10回中央公論文芸賞も受賞している。 |
作品名 | 著者 | |
---|---|---|
第1回 | 『蝿の帝国 軍医たちの黙示録』(上) 『蛍の航跡 軍医たちの黙示録』(下) |
帚木(ははきぎ) 蓬生(ほうせい) |
第2回 | 受賞作品なし | |
第3回 | 『悪医』 | 久坂部(くさかべ) 羊(よう) |
第4回 | 『鹿の王(上)生き残った者 (下)還って行く者』 |
上橋(うえはし) 菜穂子(なほこ) |