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平成28年(2016年)12月20日(火) / 南から北から / 日医ニュース

半返し

 私は幼い頃から母の働く姿を見てきた。桜島の灰混じりの泥雨が降る日も、体が芯から凍る寒い日も、母は外回りの仕事を続けている。今は体のあちこちにガタがきているが、なお現役の72歳。原チャリがかろうじて倒れないくらいの低速で仕事へ出掛ける母へ「なぜそんなに働くの」と尋ねたら、「生きるため」と即答された。
 そんな母から「贈り物やお金を頂いたら、感謝の気持ちを伝えるために必ずお礼をしなさい」と教わってきた。いわゆる半返しである。お返しの仕方は地域によって差があると思われるが、私の地元では日常的な事柄でも頻繁に半返しが行われる。
 内祝いやお見舞いのお礼はもちろんだが、疑問符が付くような事柄にも半返しは通用する。例えば、会社の中で旅行に行くことがばれると、仲間達から「旅行の足しに使って」とポチ袋を頂く。頂いた方は、旅先で半額ほどの特産品を買ってきては配るというシステムだ。お互いが理解し合っていれば、ある意味、合理的である。
 先日、誕生日でもない日に母から宅配便が届いた。中身は綿パジャマと白い羽織のセット。羽織の左右前面には、人の顔ほどの大きさの青い猫マークが2つ鎮座している。訳の分からない贈り物の理由を問うと、年末に家族が緊急入院した際、私が車で鹿児島へ帰省し、「入用だろうから」と10万円を置いて帰ったことへのお礼だと言う。嫌な予感を抱えつつ値段を聞くと、まさかの半返し。思わず「親子で半返しはいらん。そもそも、なんでパジャマが5万もするん」と大きな声を出してしまった。
 しかし、母の返事も意表を突いた。「だって、アルパカなんだもん」と。アルパカの洋服など買ったこともないし、相場も知らないが、確かに驚くほど柔らかくて暖かい。聞き慣れない動物の名前に二の句が継げなくなった。猫好きの孫と一緒にデパートへ行き、見た目だけで贈り物を選んで包装してもらったらしい。後から値段を聞いて躊躇(ちゅうちょ)したものの、やっぱりやめますとは言い切れなかったと語っていた。
 アルパカ羽織を着て全身白づくめとなり、もはや雌のアルパカにしか見えない私の写真を母の携帯に送ると、わが娘の姿を見て腹の底から笑っていた。その声を聞いて、私も久しぶりに涙が出るほど笑った。目が飛び出るほどの高値はついたが、日々のつらいことが笑いで吹き飛ばせるなら、半返しも悪くはないなと思った。

大分県 大分県医師会会報 第739号より

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